吉祥寺ジャズが懐かしい


ドルフィー

 東京・お茶の水周辺にジャズの聴ける店があることは、ご当地大学の学生だった時代から知っていた。

 むしろ、その頃の方が今よりジャズがジャズ的だったし、学生街にジャズ喫茶などがないというのは、ボクにとってはむしろ違和感を覚える環境だった。

 最近、東京へ出かけると、夜の遅い時間、その辺りにあるジャズの店に時々立ち寄るようになった。

 昔はなかった今風の店だが、美味いシングルモルトも飲めて、それなりに安らげるようになってきた。

 かつてのジャズの店では、会話禁止とか、リズムに合わせてテーブルをコツコツやっていても怒られるという店もあったが、今では聴くことよりも会話を楽しめるように店が出来ている。

 だから音量もまあまあ、昔のようにスピーカーそのもので圧倒するようなレイアウトもない。

 カウンターの後ろにはレコード、CDがずらりと並ぶが、レコードはきれいなビニールに入れられていたりする。

 歴史を感じさせるような名盤のレコードといったイメージも強調されていないし、実際にはそういうレコードは置いてないのかも知れない。

 この前は、チコ・ハミルトンの超懐かしい『ブルー・サンズ』(CD)がかかっていたりして嬉しかった。

 ところで、先日、東京でお会いしたある人が、かつて井の頭線の永福町に住んでいたという話をされた。

 反射的に、自分の東京生活は同じ井の頭線の三鷹台から始まったんだということを思い出した。

 そして、その仮の住まいからすぐのところに井の頭公園への入り口があり、公園の中を歩いて吉祥寺の街へと出ると、東京へ行ったら必ず行ってみようと考えていたジャズ喫茶があったこともあらためて思い出した。

 東京に着いた三日目のことだった。ついでに書くと、二日目は新宿に出て、紀伊國屋で長時間の立ち読み(もちろん買い物もした)を楽しんでいた。

 金沢のジャズ喫茶に慣れてしまっていたボクは、相席も構わずに空いた席に座らなければならないシステムに少し戸惑った。

 店の中がイスとテーブルで埋め尽くされているといった感じだった。

 しかし、それに慣れていくと、その店の居心地は最高のものとなり、ボクはそれ以来、この店を自分の東京の最も好きな場所のひとつにしていく。

 カンペキなリスニングルーム。有名メーカーのスピーカーから遠慮なく響き渡る音は強さがあり、キレがあり、一曲一曲、一音一音を、じっくりと身体中に感じさせてくれた。

 だからか、ボクは心地よくそこで本を読むことができた。ジャズに包まれている感じだった。

 演奏者たちと自分との間に隙間がなかったような、いや、その奏でられた音の層と自分との間にか……、よくは分からないがそんな錯覚?さえあったような気がする。

 東京一の保有数を誇ると言われるレコード(スタジオ)室のカッコいいお兄さんとも仲良く?なり、リクエストは当然のこと、いろいろな質問なども浴びせられるようになったのは、夏になってからだった。と言っても、もちろん長々と話したりする時間はない。

 お兄さんはトレーナーやジーンズ。大きなエプロンが短い頭髪に似合っていた。

 ボクはきびきびした動作と、いつも笑顔で対応してくれるそのお兄さんが大好きになっていく。

 結局、大学の四年間、ボクはその店に何度となく足を運んだ。

 住いが三鷹台から変わった後も、店へ行く頻度はそれほど変わらず、クラブの合宿などで長期間行っていない時などは、久しぶりに顔を出すと、オッという顔をされ、「帰省?」などと聞かれたりした。

 金沢にもジャズの師を得ていたが、東京でのジャズ生活は、そのお兄さんのおかげで楽しく充実したものになったのだとボクは思う。

 しかし、卒業以来、その店には一度も足を向けなかった。有名なオーナーもなくなり、今はもう形態そのものが変わってしまっている。

 それでも、できれば近いうちに、その周辺にだけでも行ってみたいと思う。

 かつては気持ちの中で近く感じていた吉祥寺だが、今はなぜか遠い街にしてしまっているのだ……


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