ゴンゲン森・・・へのメッセージ「感想編」~「蛇足編・・・あるいは大人編」


 

 

●感想編

『 僕が子どものときの庭には海はありませんでしたが、物語に出てくる子どもたちが感じていることを僕も感じていただろうと思います。僕は一度団地に住んでいたことがあって、その周り全てが遊び場でした。友達と自転車置き場の屋根の上に登ってボールを投げ合ったり、団地の周りを競争したり。そこには好きな女の子がいて、むかつく奴がいて、兄弟の友達はなんだか大人でした。公園に行くと友達がいて、みみずの怪我を治してあげたり、水たまりに自転車を突っ込んで水車にしたりしていました。そば屋のジュースを盗もうとしてお店の人にしかられたこともあれば、買い食いが見つかって母に怒られたこともあります。そういう挙げようと思えばいくらでも挙げられる、土と汗と涙の感じがする思い出の大切さをやんわりと気づかされました。』

●蛇足編・・・あるいは大人編

『 過去に大人たちが犯してしまった過ち、それはオーカミの水を飲ませた老人を非難し居場所を奪ったことにあると思います。そうして、ユーイチがミツオのことを非難したとき、同じ過ちが繰り返されようとしたのだとも思います。でも、彼らは同じ過ちを繰り返しませんでした。じゃあ、それで全てがまるく収まるかというとそうはいきません。ミツオではなく、逆にユーイチの居場所が無くなってしまったからです。

 僕は彼らはどうするだろうかと思いながら読み進めていきました。ユーイチを円のなかに戻してあげられるだろうかと不安になりながら読みました。もし、ユーイチについて触れられないまま物語が終わってしまったら、このことについては誰にも言うまいとも思いました。

 でも、そんなことは勝手な気苦労でした。子どもたちは色々とわがままなところや、ずるいところを持っていたりしますが、どんな色に染まろうとも”すきとおった”純粋さを持ち続けていました。そういうところを素直に書ける内灘という舞台と中居ヒサシさんの想いに少し憧れてしまいました。』

 今春、金大大学院に入学し、先日の古本市で『ゴンゲン森…』を買ってくれたS君の読後感想が、彼のブログに記されている。彼の許可をいただき掲載させていただいた。

 札幌出身で 京都から金沢へ移ってきたというS君だが、拙著を計3冊購入してくれ、札幌の図書館に勤務されているお母さんにも送ってくれたという。お母さんが勤務する図書館にも置かれるかも知れないと…

 彼の素朴な感想文を読ましていただき、ボク自身が救われた。それは、少年たちの世界に共通する何かを知らされたからだ。

 時代や環境などとは関係なく、少年たちは、いつでも純粋に生きている。ボクと彼との年齢差は、たぶん33歳ほど。でも、そんな彼が語ってくれた言葉に、とてつもない勇気を得た気がする・・・・・・


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