上海紀行~プロローグ編「飛行機はなぜ揺れたのか…」


   上海紀行の本編に入る前の「プロローグ編」なのである。つまり「序章」であり、上海に到着する前の、予習的ポジションにあたる部分なのであるが、ほとんど予習などやっていかなかったので、文字どおり、上海に到着するまでの話をプロローグとさせていただく。それで到着する前ということになると、必然的に?飛行機の中にいたわけで、その話を書いていこうと思っている。

 上海へは、“万博の視察”という大義名分があり、本当はあまり行きたくなかったが、仕事なのでとりあえず、まあ行って来るかなといった気分で行ってきた。

  周りの人たちにはほとんど何も言わずに出掛け、いつもの携帯電話もオフにしておいたものだから、帰って来た後は、「連絡がないから、毎朝、新聞の“おくやみ”欄で名前を探していたよ」などと言われた。一部の知っていた一派からは、「もう帰って来ないんだろうなあと思ってたのに」と、残念そうな顔で言われたりもした。

 万が一のことがあった時には、財産整理などどうするかと迷ったのだが、整理するものと言ったら、古いマックのパソコンと、ちょっといいテントと、甲州産の超美味白ワインぐらいしか頭に浮かばなかったので、とりあえず、それくらいなら誰かが何とかしてくれるだろうと思った。

 そういうわけで、そろそろ梅雨入り宣言(金沢では一時出なかったという話については、いずれどこかで詳しく語らねばならない)が出そうな、6月13日の日曜日。ボクの乗った中国東方航空558便は、昼一からちょっと時間を経た頃合いを見て、中途半端な空模様の小松空港を鋭く飛び立って行ったのだ。

 鋭く飛び立って行ったというのを説明すると、まず滑走路への移動が完了したかなと思ったと同時に鋭く加速し、そのまま出来る限りタイヤを滑走路面にへばり付けておきながら、最後はそのへばり付きを利用して、逆にまた鋭く機体を空へと向かわせた… つまり、その行程と離陸させたあのタイミングが、ボクにとってはなかなかカッコいい瞬間に感じられたということなのだ。ボクはその鋭さに対して、名前も顔も好きな食べ物も知らない機長に心の中で拍手を送っていた。しかし、ボクの心が機長の鋭さへの感動で小さく揺れたのに比べ、その後の飛行機の揺れた方は、圧倒的な幅で大きかった。機長のせいではないことぐらい分かっていたが、とにかく窓の外は雲に被われており、少しでも揺れを抑えようと自分自身もじっとしていたが、機体はじっとしてはいなかった。

 ボクとしては久々の飛行機なのであった。久々の飛行機の旅なのだから、そんなに揺れて欲しくはなかった。せいぜい揺れても、カタカタとか、ユラユラぐらいでよかった。しかし、ボクのその小さな願いは全くもってカンペキに叶えられず、何度も書くが、飛行機は大いに揺れた。カタカタどころか、ガタガタと揺れ、ユラユラどころかグラグラ、グラァ~と揺れた。時々は横軸から縦軸へと、揺れ方にもかなりのバリエーションを加えてきた。 

 本当は別に行きたくもない上海なのだ。仕事で仕方なしに行くのだ。山でなら喜んで死んでやるが、上海に向かう飛行機とともに日本海に沈んで死ぬなんぞごめんだ。だから、そう揺れるなよ…と、ボクは心の中で呟(つぶや)いていた。表面的には大らかに。

 空港で買ってきた缶ビールが、早く飲んでくれとボクに訴えていた。すでにその切実な要望に応えてもよかったのだが、一応遅い昼食となる機内食を待って飲もうと決めていた。しかし、飛行機はなかなか落ち着きを取り戻さず、旧名スチュワーデス、今はフライトアテンダントさんと呼ぶお姉さんたちのワゴンの出番も、それに合わせて足踏み状態にあった。

飛行機がガタガタ、グラグラ状況を脱け出すまでに、30分近く要しただろうか?

 ようやく窓の外が明るくなりかけ、ビールでも、ウーロン茶でも、ゴンゲン森の湧水でも、何でも飲んでいいッスよみたいな気配が見えてきた。機内食も届けられた。ボクは魚と肉の二種類の選択メニューの中から肉を選んだ。キャベツとポークとで淡泊に味付けされた、どこかはっきりしない中途半端なランチだったが、隣の席の相棒Sが魚を選んでいて、魚と言うのがウナギだったことを知ると、カンペキに騙(だま)されたとハゲしく後悔した。それでも、ようやくビールが飲めるという安堵感が心のゆとりになっていたのである。

 50代も半ばを過ぎたオトッつあんの告白だが、ボクは飛行機が苦手だ。いや好きではない。嫌いかと問われたら、嫌いにかなり近いと答える。その近さの距離は何メートルくらいだと問われたら、ちょっと考えてから、多分15メートルくらいでしょうと答えるだろう。それくらい嫌いに近い(世界標準は知らないが)?のである。かつて怖い経験があり、その時のショックから未だに完全脱出できないでいる。それまではまったく問題なかったのに、それ以来、少しでも揺れると、飛行機のような鉄のカタマリが宙に浮いていること自体に疑問を抱き始め、このまま地面めがけて真っ逆さまに落ちて行っても、なんら不思議なことではないと思うようになった。だからいつも覚悟を決めて飛行機に乗ってきた。特に離陸の直後は「ああ、もう足が地に着いていない…」と、すべてを失った心境に陥ってきたのだ。

 すべてを失ったのだから、あとはもうどうでもいい。機内食を食べ終えると、ボクはビールを追加した。ランチに付いてきた袋入りのピーナッツがなぜかとても美味かった。食後に本を読みかけると、そのまま眠りに落ちていきそうになり、そうなることを大いに歓迎した。しかし、いざ本も目も閉じてしまうと、飛行機はまた微妙に揺れ始める。まるで心の中を見透かされているかのようだ。

 で、ボクは思った。たまにこうして飛行機に乗ったりすることで、人生の、日常の未整理な部分を少しでも認識できて、出発前にはきちんと考えておけよということなのかも知れないし、無事帰ったあかつきには、もう一度じっくり見直してみろよと言ってくれているのかも知れない。誰が、かと言うと、やはり飛行機が、だ。あとで眺めてみて感じたが、あの旅客機の風貌には、それらしい大人の雰囲気が漂っている。機首の下あたりに立つと、親に諭される子供になったような気持ちになれる。空港で、時折機首を見上げながら涙している人を見かけたら、多分そのことを感じ取った人だと思えばいい。

 飛行機はそういうことを我々に伝えようと機体を揺らしてきたのだ。

 かすかに眠ったようだった。目が覚めると同時に、着陸態勢に入った旨のアナウンス。 

 5分ほどで、うすらぼんやりとした上海空港に、中国東方航空558便は着陸した。これまた、鋭い着陸であった……

                   


「上海紀行~プロローグ編「飛行機はなぜ揺れたのか…」」への1件のフィードバック

  1. 14~5年前に仕事で付合いのあった世界的に有名な発明家の某先生は「ボクの計算では、飛行機は飛ばないんだよ。、、、だから怖くってね、飛行機に乗るのが、、、」と、いつも情けない顔をしていたのを思い出します。

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