上海紀行その3 いよいよ万博初日編


 いよいよ今回のツアーの本命、上海万博視察初日の朝を迎えた。

 天ぷらで言えばカボチャやサツマイモやイカとかを食い終えて、一旦息を整え、さあこれからエビに箸をつけようかという時…。図体はでかいが、果たして身の詰まったエビ天なのかどうか、そんな期待と不安を胸一杯に秘めての出発の朝だった……なんてことはないか。前の日歩きまわっていたせいか、足がだるい。ふくらはぎから足首、下って足の甲から指先、そしてさらにぐるっと回って足の裏。久々にだるさが充満している。これが山だったら、膝や太腿や股関節に至ったりもするのだが、さすがにそこまではいかない。しかし、とにかくそのだるさは最近ではかなり重い方だった。

  万博会場には昼頃に着くことになっていた。何とのんびりしたヤツらだと、また視察旅行に対するお遊び志向的批判が聞こえてきそうだが、これにはちゃんとした理由があった。つまり、朝一番に到着したところで、ゲートで長い列をつかなければならず、結局会場内に入るまでには相当の時間がかかる。それだったら、いっそのこと遅めに会場入りした方が得策だ…と、例の陳さんが言っていた。陳さんについては、上海紀行その2を読んでいただけれると、プロフィールをほぼ知ることができる。それと、どうせ昼頃会場入りするなら、その前にどこか面白い場所へ寄って行こうという合理的な配慮もあって、ボクたちは外灘の対岸にある地上101階の高層ビル「上海ワールドフィナンシャルセンター」(森ビル・上海ヒルズ)に上って、世界一高いという展望台から、上海の空に向かって歌を歌おうではないかということになった。しかし、その時の掛け声はもちろん“シャン、ハイ”で決まったのだが、歌うべく歌が決まらなかった。だから、やむなく歌はやめにし、ひたすら高いところから、ひたすら上海の街を見渡してみようというところで落ち着いたのだった(そんなことはないのは当然だ)。

 そういうわけでボクたち視察団(総勢30名ほどだったかな?)は、ホテル前に9時45分に集合。バスでまず上海ワールドフィナンシャルセンターを目指すこととなった。

 天気はまあまあ。約一時間弱の街なかドライブ。車窓から見る上海の街に、やはり独特の雰囲気を感じながらの時間だった。古さと新しさ― と言っても日本で言えば、明治・大正と平成みたいなものか― その組み合わせが新鮮に目に映る。東京みたいでもなく、金沢みたいでもなく、内灘みたいでもない。

 特に金沢を考えると、前者の時代の建物をことごとく壊してきた経緯を持つ。仕方ないと言えばそれまでだが、何でもかんでもM田家の遺産に頼っていてはいけないのだなあ…と、そんなことを考えたりして、やっぱり街歩きは楽しいものだと妙なところへ思いが落ち着いたりした。

 上海ワールドフィナンシャルセンター(長いので以下は「上海ヒルズ」でいく)にも、先着の小団体がいくつも列をなしていた。横浜のランドマークタワーや、六本木ヒルズなどと同じで、老若男女が高みをめざす。エレベーター乗り場に行くために列。エレベーターに乗るために列。世界一高いところにある展望台は100階。その下94階と97階にも展望台がある。100階の展望台は、「スカイウォーク100」と呼ばれて、床の一部がガラス張りになっていた。外を見る壁も全面ガラス張り。しかも外から見るとオーバーハング気味に反っているから、中からは身体を外に出すようにして覗(のぞ)かなければならない。

 実際に覗いてみると、はっきり言って怖い。この不況の時代、何も怖いものはないわいと吠える日本のサラリーマンでも、ここでは素直に怖~いと言えたりする。眼下のビル群がみんな曲がって見えたりするくらいに、異様な高さの感覚だ。言い忘れたが、ビル全体の高さは492mで、これでも世界第3位なのだそうだ。ついでに言うと、ドバイにある世界一高いビルは、828m。そんなもん造って何するの?と聞いてみる気もさらさらないが、よく造ったね、ご苦労さんと言う気も全くない。それにボクはドバイ語も話せない。

 列についてボーッとしたまま動いていると、何となく時間が過ぎていき、気がつくとビル前のアスファルトの上を歩いていた。振り返って見上げると首が痛いなんてものではない。振り返るのをやめて正しく正面を向いてから見上げる。それでも首は楽ではなかった。

   さて、バスが上海ヒルズや周辺の超高層ビルの間を縫うようにして出発した。ようやく万博である。

 ボクたちはいくつもあるゲートのうち、北ゲートの近くでバスを下され、そこからゲートまで当然だが歩いた。そして、ほとんど待ち時間もなく会場入り。かなり入念なボディチェックがあったが、係の青年たちはみな笑顔がさわやかで一生懸命に職務に励んでいた。見ている方も気持ち良くなる光景だった。

  当然だが会場は広い。おかげさまで?仕事柄、博覧会というものには普通の人たちよりは馴染んでいる。驚いて腰を抜かすようなことはないが、いつも思うのは体力勝負であるということ。体力のない人は博覧会には向いていない。ボクたちは一旦解散することになっていたのだが、次に集合する場所まで行って、そこで解散となった。その解散場所が中国館の前だった。つまり再集合の場所も中国館の前。実はなんと、ボクたちは午後4時から、その中国館入場の予約がとれていたのだ。中国館と言えば、通常待ち時間4時間。館内での滞留時間と、館外での昼飯や休憩、買物時間などと合わせると、普通はほとんど中国館を見るだけで帰るみたいなスケジュールになる。それが予約で入れるということになると、滞留時間のみを計算すればよいのだ。これはなかなかいい企画だと、周囲を見ながら納得した。

 一時解散である。集合時間まで3時間ほどある。いや、3時間しかないと考えるべきか。そんなことも考えているだけムダで、ボクたちはとにかく昼飯にあり付くことだけを考えた。ここからのボクたちと言うのは、Sとぼくのことだ。

 ところが歩いていてもなかなか食いたいと思うものがない。というよりも、はっきり言って、ビールさえ出してくれれば他は何も要らないのだが、そんな店がない。ムダに30分ほどの時間を費やしながら、前日の豫園(よえん)のように、ボクたちはまた途方に暮れた。上海へ来て途方に暮れるのは二度目だったが、二度ともがビールがないことによるものであったことを思い、この街に長く居てはいけないのだということを、うすらぼんやりと悟りつつもあった。 しかし、努力は必ず報われる。夢は必ず叶う。日はまた昇る。

  ついにボクたちはアメリカンポップスがガンガン流れ、フライドチキンの匂いをプンプンまき散らす店に出くわした。ここにビールがないはずはない。俺たちに明日はないかも知れないが、ここには必ずビールがある。そう確信したのだった。しかし、出てきたビールは決して美味くはなかった。バドワイザーに氷を入れてさらに薄めたような、ひたすら冷たく泡の出ないビールで、ポテトやチキンなど脂ギトギトものとのセットで食ったが、何だか文字どおりの後味の悪いランチとなった。

  店を出たボクたちは、中国館を見ることができるということに安堵していたのか、それから特に目的もなくただブラブラした。会場内の通路の両側は、休憩する中国の人たちの姿であふれている。簡単な食事をする人たちや疲れ切った顔でしゃがんでいる人たちがいた。その人の集団にも息苦しさを感じた。

  で、いきなりだが、中国館なのである。

 中国館は少し手続き?に時間を要したものの、大変恵まれた待遇を受けながらの入館となった。VIP用のエントランスみたいなところから入っていくと、すらりとして知的な匂いを漂わせる、黒スーツ姿の女性スタッフたちがきびきびと動き回っていた。すぐにエレベーターで映像シアターへと案内される。ドドッと大集団が一斉になだれ込み、座席に着く。ボクは面倒くさくて後ろで立見と決めていた。円形のスクリーンに幸せな家族をイメージしたような映像が流れる。特権階級の美しすぎる家庭円満ドラマのようで、見ている方には、特に日本人であるボクにはどこか無理があった。

 しかし、それから後もスケールの大きい展示が続いていた。開催国としてのやる気がムンムンと伝わる内容だった。ボクには職業柄、見るものの仕組みや構造などが想像できる。しかし、それらを凝視している中国人たちを見ていると、その表情が楽しげであり、誇らしげでもあった。

 たしかに面白かった。ただ、愛知万博と比べて、どこかテーマ性が似ていなかったか、それと、ちょっと何を伝えたいのかよく分からないゾーンなどもあった。余計なことなのだが…

 中国館については、これから出かける人もいるだろうから、主観でべらべら書くのはやめておこう。

  中国館を出ると、もう夕刻だった。ボクたちはまたちょっと大きな集団となり、例の陳さんを先頭にして北ゲートへと歩き始めた。相変わらずまだまだ人は多かった。大声で誰か連れを呼んでいる中年女性がいた。声の大きさや吐き捨てるような話し方は、中国人独特です。でも、決して怒っているわけではありませんから安心してくださいね、と陳さんが言っていた。ちなみに陳さんのプロフィールについては、上海紀行その2で紹介している。

 こうして、万博視察初日は慌ただしく終了したのだった。二日目は10時頃に会場入りとなっていた…


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です