セルフのそば屋での出来事
久しぶりの東京だった。考えてみると三月の震災前に行ったきり。それまで月一回ペースで行っていたことを思うと、なんと長い間行ってなかったのだろう。
今回は両国で某業界団体の会合に出席して、それから某自治体の東京事務所を訪問し、懐かしい某氏と会って、某計画のことなどについて打ち合わせをする予定だった。
昼頃に東京に着き、すぐ両国へと向かったが時間がたっぷりある。一応まずは昼飯ということで、駅を出たところにあるセルフ方式のそば屋に入った。
スタッフは全員女性。表のメニュー板に出ていたお得っぽいセットものを選んで、自販機の食券を買った。
特に混んでいるというわけではなかったが、遠慮して入り口付近のカウンターに座る。
その段階で、ボクはちょっとした、いや大きなと言うべきか、とにかく情けない勘違いを犯していた。
自分が頼んだメニューを完璧に忘れていたのだ。セルフだから呼ばれたら取りに行く。ところが、この店のシステムでは、普通よくある番号制とかではなく、メニューそのものの名を呼ぶのである。
果たして…。ボクが食券を渡してから三分十五秒くらいが過ぎた頃、店内にコールがあった(そんな大袈裟なものではないが)。
「なんとかと、せいろそばの方~」
あ、ハイッ。自分の注文したものが呼ばれた(…と思った)ボクは、席を立ち、受け渡しカウンターへと向かう。
なんだ、随分早く出来るんだなあ~。こっちは時間が余ってるんだから、もっとたっぷりと時間かけて、今からそば打ちなんかしてもらっても良かったのになあ~と思っている。
席に戻って、余裕たっぷりに汁(つゆ)を器に注ぎ、ネギもさらさらといつもよりはゆっくり目に落として、わさびを溶かす。
味に関しては、多くは期待しないが、それでも少しは期待する。
それにしても、麺が思っていた以上に多くて、大盛りを頼まなくて正解だったと思う。お昼の間だけみたいだが、そばは大盛りを頼んでも同じ値段になっていて、わざわざ店員さんが大盛りにしなくてもいいですかと聞きに来たくらいだ。
そばの準備ができて、一緒に付いてきたというか、どちらかと言えばメインっぽい丼物の蓋を開ける。
やや?と首を傾げた。
何かイメージが違う。こんなものを自分が選ぶなんて考えられない。が、間違えて、ボタンを押してしまったということもある。
そばも準備万端整っているし、まあ仕方ないからこのまま食ってしまおうと思った…。その時だ。
「なんとかと、せいろそばの方~、お待たせしました~」との声。
一瞬、耳を疑う。いや耳を疑っても仕方がなく、自分自身の早合点的判断によって起きた、お店の人および、本来ボクの目の前にあるセットメニューを食すべき客人の怒りの表情が浮かんだ。
ボクはすぐに自販機を振り返った。
ボクが頼んだのが、今コールされた「親子丼・せいろそばセット」で、今、目の前約35センチ斜め下方にあるのが、「スタミナ丼・せいろそばセット」だった。
さらに受け渡し場の方に目をやると、呆然とする店員さんたちの表情。
オレ、間違えてますね…。絶対間違えてます…。申し訳ない…。
店員のうちの一人は、何となくボクが間違えて持って行ったのではないかと思っていたふうだったが、彼女もそれをボクに言えなかったのだろう。
それと死角になっていたボックス席に、先に入った客がいたことにボク自身も気が付いていなかった。
では、この間違って目の前まで持ってきてしまった「スタミナ丼・せいろそばセット」はどうなるのか?
しかも、そばつゆはボク好みに出来上がっている。量が多いと勝手に思っていたそばは、実際は大盛りだったのだ。不安がさらに募った。
その時、厨房から無言の人影が出て来た…かと思うと、いきなりボクの丼の蓋を戻し、丼には手を付けていませんね?と聞いた。
はいと答えると、では丼だけ交換させていただきます…との、明解な一言。
その数秒後には、ボクの目の前35センチ斜め下方に、ボクが指名した親子丼が置かれていたのだ。
もちろん、スタミナ丼を待っていた客人にも、無傷のそれが届けられた。
まさに大岡越前守忠相ばりの卓越したお裁き?であった。
おかげさまで、無事ことなきを得て、完食。そして退店。
一応、またお越しくださいませ~の声も聞こえたが、ボクとしては恥ずかしい思いをしたので二度と行く気はなく、これからセルフサービスの店に入る時には、必ず自分が選んだものを再確認しておこうと心に決めた。
そう言えば、東京は異様なくらいに暖かかったのだ……
私は番号札もらっていたにもかかわらず、
他人の物を持って行ったことがあります。
ただの天ぷらうどんと、えび天のうどん。
すぐにお店の人が気がついて事なきを得ましたが、
ちょっとドキッとしました。
手を付けていたらと思うと、ぞっとしますね。
ナカイさんも機転の利く店員さんがいて、
よかったですね。
気をつけましょう…