雪を待つ・・・


山に雪が来た…などというニュースを見聞きすると、毎年必ずやることがある。

それは、自分の二畳半の部屋に置かれてあるテレマークスキーの道具類に目を向けることだ。

目を向けるというのは、まさに言葉のとおりで、何気なくモノの存在を確認するといった方が正しいかもしれない。

そして、さらに強いてやることと言えば、それらに軽く手を触れ、「やあ」とかというふうに声掛けするくらいだ。

ボクがテレマークスキーに、文字どおり乗り換えたのはもう二十年ほど前だ。

それ以前は普通のゲレンデスキーをやっていたのだが、山や雪野原を駆けめぐるという、ただひたすら楽しそうな誘惑に負けて(そんなに受身的ではなかったが)、切り替えた。

買った時のことははっきりと覚えている。一月の会社の社員旅行(ハワイ行き)のために積み立ててあった金を、そのまま道具一式の費用にまわしたのだ。

もちろん社員旅行には参加しなかった。今がチャンスと思い、十一月の終わり頃から、当時住んでいた金沢のアパートの近くにあったK-ジツ(今はない)へと通っていた。

店長のNさんとは山系グッズの買い物などですでに顔見知りになっていて、テレマークの買い物の時も当然いろいろとアドバイスをくれた。

会社の連中が何グループかに分かれてハワイへと旅立っていく頃、ボクはその店では八人目のテレマークスキー購入者になった。Nさんが言った。

「どうせ、他では売ってないから、たぶんナカイさんが石川県で八番目のテレマーカーでしょう…」

それはなかなかいい響きで、ボクは当然、そうか、やはりそうなのかと納得した。

スキーの板に素朴なビンディング、伸縮ストックに革製のブーツ。それにツアーの登りに板の裏側に張り付けるシール。ついでにツアー用のザック。なかなか心強い道具たちが揃った。

しかし、それからテレマーク独特の技術を習得していくまでは、苦労とは言わないまでも、それなりに大変な日々が続く。

なにしろお手本というのは、ヤマケイなどの山岳雑誌に出ている写真だけ。教則本を注文すると二週間は要し、それまでは家の畳の上で感触を確認し、そして肝心の雪を待った。

教則本が届くとじっくりとイメージをつくる。初体験は忘れもしない白山一里野スキー場だった。

ゲレンデの端。ほとんどスキーヤーの入って来ない場所を選んで、そこを練習場にする。頭の上をリフトが通っていて、その視線は気になるが、贅沢は言えない。

教則本のコピーをクリアファイルに挟んで持ち込み、上部の雪の上に置く。そしてひたすらイメージを頭に叩き込んでから、ゆっくりと滑り降りてみる。

板が細く、軽い。その分不安定な感じもする。テレマークスキーは、簡単に言うと後方にある足の踵を浮かせて、膝を曲げながらターンする。ジャンプ競技の着地の時の姿勢をテレマークというが、それと同じだ。ついでに言うと、踵がフリーであるということは歩行をより有利にしてくれるということでもある。

何度か滑っていくうちに、テレマークターンができるようになった。大袈裟に言えば、テレマークターンが決まった。ゆっくりと曲がっていったあの時の感触は、今もはっきりと覚えている。

それからひたすらスキー場の端っこへと通った。しかし、当然休日しか来れない。街にいても、横断歩道で信号待ちしていると膝が曲がった。ちょっとした坂道を下りる時でも、蛇行するような歩き方をして、テレマークターンのイメージを身体に沁み込ませていた。もちろん無意識にやっていた場合が多い。

そんなこんなで、何とか滑れるようになると、今度は教則本の止まった写真ではなく、実際に生のテレマーカーを見たいと思うようになった。

赤倉に行けば、動くテレマーカーを見ることができると知ると、早速赤倉へと向かった。そこで見たテレマーカーたちは凄かった。まだそれほど人数も少なかった頃だが、想像をはるかに超える自在さで、いろいろな斜面、そして雪質にも対応していく姿を目の当たりにして、かなりビビった。

あれからもう二十年近くの歳月が過ぎている。その間に立山、白山、白馬、妙高、そして地元の医王山や立山山麓の雪原に出かけたが、どこへ行っても満足した経験はない。それは常に、技術や安全との背中合わせだったからだろう。

数百メートルの急な斜面をゆっくり大きな弧を描いて下りて(行かざるを得ない)行く時のスリル。ほとんど凍っている表面の雪を割るようにして進む勇気。今思い出しても、ゾーッとする。単独が多かったせいもあって、寒風の中で立ち往生していた自分を想像するだけで、妙に恥ずかしくなったりもする。

そんな時の救いは、岩陰で沸かした一杯のコーヒーの味や、雪と戯れる雷鳥の姿だったりした。

最近は妙高笹ヶ峰の高原をスキーで歩き、走り、滑るのが唯一の楽しみなのだが、今年は雪が来ると、まず津幡の森林公園に出かけてみようと思っている。去年くらいの雪が降ってくれれば、森林公園は格好のフィールドになる。

板はもちろん、ブーツにもかなり痛みがあり、もうそれほど長い期間は使えないことが分かってきた。その手入れのことを聞きに、今度Nに会いに行くつもりだ。久しぶりに昔の話でもしようかと思う。

この話は、まだ続きそうな予感がする……


「雪を待つ・・・」への3件のフィードバック

  1. ナカイさんも知ってると思うけど、
    立山山麓の山岳カメラマン・Tさんが、
    以前からテレマークやってて、
    あの優雅なというか、楽しそうな滑り方が
    気になっていました。
    ナカイサンもかなり古いんですねえ。
    スキー場とは関係のないエリアで
    スキーを楽しむというのもいいでsね。
    続き、楽しみにしています。

  2. タイトルの写真など、カッコいいじゃないですか。
    でも、よくあんなところで滑ってますね。
    文中にもあるけど、怖い所で、
    来てしまったこと後悔したりしないんですか。
    分かっていても、行くのが山なんですかね。
    こういうのは、やめろと言っても聞かないんですね。
    お気をつけて、どうぞ…

  3. 富山のTさんとは、
    昔、アトリエにお邪魔して、
    半日ほど話したことがある。
    極楽坂のゲレンデで、
    後ろから声をかけられたこともあった。
    うまいテレマーカーで、カッコよかった。
    長い間、お会いしてない。

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