エベレストへは行ってくるべきであった


 

コタツでひっくり返りながら、素晴らしく緊張した九十分を過ごした。

二月十一日に放送された、NHK-BS『グレートサミッツ「エベレスト~世界最高峰を撮る」後編』の録画を、翌日の午後じっくりと見ていたのだ。

大型のハイビジョンカメラを担いで登頂した、NHKのスタッフ五人とシェルパ十人だったろうか、彼らが残した美しい映像は素晴らしかった。

そして、そのことと共に凄かったのが、登頂への行程が見事に記録されていたことだ。

ルートの分かりやすい映像、そしてチャレンジした彼らの息遣い、足の運び、疲労や安堵や歓びなどが、本当に見事に伝わってきた。

そして、この番組を見ていて、正直、自分にもエベレストを登れるチャンスはあったかもしれないとも思ってしまった。

図々しい話かもしれないが、危険度やそれに伴う緊張の度合い、そして冷静な判断や体力、考えてみれば、鍛えれば何とかなるものばかりだった。

そして、今回見た映像によって、それらの度合いを詳しく分析して対処すれば、自分にもエベレストに挑むチャンスがあったような気になったのだ。

簡単ではないことも、十分に分かっている。

実際、ボクに山のことをいろいろと教えてくれた富山の山男たちからは、かつてヒマラヤの恐ろしさを存分に聞かされた。

岸壁にへばり付きながら、ただひたすらベースキャンプからの指示を待つ。

そのうち指示が間違っているとか、何を言われているのか理解できなくなったりとか、さらに早く指示を出せと逆切れしたりとか、いらいらしながら山に相対している自分に気が付く。

しかし、そんな自分を止められない。高山病の一種に自分の頭が冒されていることに気が付かないまま、何もかも分からなくなっていく。

結局、彼らは六千数百メートルほどで退却し、遠征は失敗に終わった。

そんな話を、ボクに語ってくれたのはE山さんという純粋な山男だった。

E山さんは、遭難救助の現場で二重遭難に直面し、命を落としかけたり、その後の山でも大きな試練に遭遇している。

そんな時、ヒマラヤで失敗した恥ずかしい思い出が重なると語っていた。

極地と呼ばれる場所には、その名が示す次元を超えた恐怖があるという。

北アルプスの冬山でさえも、放心状態になったり、思考能力を失ったりする登山者はいる。

それがヒマラヤ、エベレストともなれば想像を絶するものなのだろう。

ただ、ボクは今回の記録映像でエベレストへの行程をある程度理解できたと思った。

失敗は大いにあり得るが、それでもチャレンジできる可能性も見えた。

もちろん、この年齢になって本気でやろうなどとは考えていない。

しかし、こんなボクにそう考えさせたということは、これからエベレストを目指そうという若者たちに、とてもいい教材になるのではないだろうか。

あの記録映像を見ながら、長くてきつい登高のイメージも描けるだろう。

そして何よりも、スタッフたちの頂上での涙に、こちらもウルウルしながら頷いたと同じような感動を得ることもできるに違いない。

そんな意味でも、今回のNHKのチャレンジは意義があったと思う。

やはり、山はいい……


「エベレストへは行ってくるべきであった」への3件のフィードバック

  1. ボクは見逃しましたが、
    必ず再放送してくれるものと期待しています。
    少々山をかじった程度の自分なので、
    大きなことは言えませんが、
    山に登っている以上は
    エベレストにも興味湧きますね。
    ナカイさんが登れたかもしれないというのも
    何となく分かるような気がします。
    とにかく再放送を待ちます。

  2. こたつでひっくり返って見ていたわりには、
    とにかく凄い緊張感があって、
    オレだったら、こんな場所はこうするだろうなあとか
    考えていたね。
    極地には極地に対する心構えと技術と、
    よいパートナーとが必要なんだと痛感。
    それにしても凄かった…としか言えない。

  3. 意外とこういう番組って見ていないなあ。
    今度から教えてください。
    自分でチェックするべきかな。
    それにしても、エベレストに好奇心?とは、
    中居さんもまだまだ若いですね。
    山では年齢が若ければいいというわけでもないですが、
    でもやはり行くなら、若いうちに行っておくべきなのでしょうね。
    どうですか、本気でトライしてみたら。

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