男女兼用トイレの臭いと日本の将来について


かつて、“ヒトビト的モロモロ研究会”という、かなりというか、はっきり言って完璧にいい加減な研究会?の親方をやっていた。

当然、定期会合などを開くわけでもなく、ただウスラぼんやりと「まちやむらやモノやコトやひと」などを酒の肴にし、そのうち一応「ヒトビト」誌上にコラム的に発表する?というものだった。

メンバーはボクと、ついでにやってるみたいなもう一人と、その都度の数人だけ。ほとんどボク独りでやっていたと言っていい。

基本的には世の中のどうでもいいようなことを、ただいたずらに深く掘り下げ、自分たちの限りなき満足感のためにだけやっていたのだが、時折それが思いも寄らぬ方向へと発展することもあった。

例えば、「オトコなら床屋へ行こう」というコラムは、理容業界の関係者の目に止まり、その後の業界イベントの企画依頼に繋がった。地元業界誌の座談会のコーディネーターをしたり、理容学校で生徒たちの前で話したりもした。ウソみたいなホントの話で、申し訳ない限りだった。

そして、その後に書いたのが、今回の話につながる「オトコも座ってオシッコするべきよね~」というタイトルのコラムだ。

この話は、当時京都の出版社に勤務し、小誌に寄稿してくれていた二人の“はんなりお姉さま”のうちの、一人のお姉さまの方が突然口走り、そこから始まったものである。

タイトル写真にある問題の男女兼用トイレ。最近では洋式の男女兼用が一般的になっている。

かつては、和式の男女兼用も普通であったが、今は洋式が圧倒的に多いのではないだろうか。

本題に入る前に、話はどんどんと脇にそれていくが、洋式と和式の男女兼用には、文化の違いを匂わす大きな要素が隠れているのをご存じだろうか。

使用中にドアをノックされた場合、一般的な洋式では体が正面を向いていることが多く、ノックを返せばすむ。もちろん、ちょっと広めのところでは返事をしなければならないこともあるが、その場合でもそれほど大きな声を出す必要はない。

しかし、和式になると、態勢は逆になり、ドアの方にケツ(あるいは尻を)を向けているケースが多くなる。そのために、日本人の多くは、「入ってまァ~す」などと、やや大きめの声を出さなければならない状況にあった(そうでもないという人もいるかもしれないが、一応そういうことにしておいてほしい)。

もちろん、黙したまま、ドアがガチャガチャ鳴るのに脅え、ひたすら早く立ち去ってくれと祈ってきた日本人も多かっただろう。

人が近づくと、やたらと咳払いばかりしてきた日本人もいたに違いない。

ここにまず欧米人の合理的な考え方が見えてくる。

そして、さらに話を脇にそらすと、もしドアに鍵がかかってなかったり、鍵が壊れていたりした場合、思わずドアを開けてしまった客人に対して、洋式では「コンニチワ」と挨拶が出来るのに対して、和式の場合は、汚い(もちろんオトコの場合だが)ケツ(あるいは尻)を晒すだけになるという、かなり情けない状況が待っているのでもある。

さらにこの場合、洋式では自分の排泄物が見えないのに対して、和式ではクッキリすっきり鮮明に、それがそれであることを認識されるという情けなさもあったりするから困ったものだ。

ある男性の証言がある。「実はかつて、新潟市の某ショッピングセンター内トイレにおいて、目撃したことがあります。クッキリとしたあの……」

別な男性の証言。「ある公園の公衆トイレ(大)に入ったら、鍵が壊れていました。しかし、我慢も限界に来ていたので、手で押さえながらしゃがんでいたのですが、そこへ・・・」

証言をかいつまんで言うと、たまたまその公園の近くに相撲部の強い高校があり、その部員たちがランニングしていた。その中の一人が腹の調子が悪かったのか、トイレに駈け込んで来た。そして、ノックもせず、声もかけずに…。小心の男性は、思わず手を放してしまった………

……このような話は、かつて夏目房ノ介氏(漱石の孫で漫画批評家、後に大学教授)も、何かの著書に書いていたと記憶する。

さて、ようやく本題である。ここで取り上げるのは、男女兼用トイレにおける“小用”のやり方、早い話がオシッコの仕方のことだ。

ここからは、ヒトビト第3号に綴った文章を引用しよう………

『 単純に納得できることなのであるが、一般的に女子トイレに比べると男子トイレの方が、はるか彼方的にクサいと言われる。ただオトコとして、もしそのようなことを女性の皆様から面と向かって言われたとしても、

「そりゃあ、そうだヨ。なにしろオトコは小便しながら、ついでに屁もするんだもん」

などと、開き直ってはいけない。自分がいつもそうだからと言って、すべてのオトコがそうとは限らないのだ。

では、男子トイレがクサい本当の理由とは何なのか?

生物学的に、オトコの場合、小便は立ってするという古くからのやり方があって、どうやらそのことが男子トイレのクサさと深く関係してきたと考えられる。

オトコの小便は身体が立った状態から放出されるために、座った状態から放出される女子のものよりも、大気と触れあう時間が長い。だからその臭気の拡散する割合も当然大きくなるワケだ。

そしてさらには、立って小便をするがための男子用便器が、そのクサさを助長する役割を担ってしまったことも考えねばなるまい。

立った状態から勢いよく放出された小便を、しっかりと受け止めなければならない便器。しかし、勢いのある状態で受け止めるということは即ち、「飛び散る」とか「はね返る」といった現象を生む。

この飛び散った分とか、はね返った分というのが、極めて大きな意味を持つことになる。

ちょっと古い調査の結果だが、それによると、トイレの快適さを左右するのは、やはり「臭気」であって、快適さを失う三大原因は次のものとされている。

1 前の人の大便などの臭気

2 自分の排泄時の臭気

3 こぼれた小便の臭気

自分が出したものより、他人の出したものの方がクサいという1,2の結果は、大いに頷けるところである。

しかし、問題はやはり3なのであって、「こぼれた小便」という情けない響きと共に、いかにも人為的な不快感を滲ませている。

つまり、1,2は、ウンコやおしっこは元来クサいもんなんだから仕方ネエな…と、諦めたりもできるが、3はニンゲン、特にオトコの責任として捨て置けない感じがする。

そして、さらに激しく注目しなければならないのは、3の回答に、「男女兼用便器で小用した際のハネやタレ…」ということが付記されていた点だ。

このように捉えていくと、やはり女子が圧倒的に不利な立場になることは明白だ。』

「オトコはんも、座ってオシッコしまひょ~」という、京都のはんなりお姉さんの声も当然と言える。

実は、ボクは家ではそうしている。四人家族で、ボクだけがオトコであり、我が家のトイレの在り方は、女性用化粧室的ポジションにあるからだ。

しかし、座ってオシッコをするというのは、オトコにとってかなり面倒な行為でもある。

そして、オトコとしては古の時代からの正しい小便の仕方として、女性である母親からも教え込まれてきた「立って小便をする」という行為を捨てきれないのも確かだ。

今更、しゃがんで、いや座ってやれと言われてもなあ……なのだ。

そして、このことが浸透していく過程には、さまざまな懸念も生まれてきている。

再び、「ヒトビト」3号に戻る………

『 オトコにとっては、大便と同じスタイルでいることは、その時トイレへ来た本来の目的を曖昧化させ、小便をしに来ただけだったはずなのに、ついつい大便もしてしまったという行為に結び付く要因になるかも知れない。』のだ。

質実剛健を誇るオトコたちにとっては、その優柔不断さは許せないことだろう。

そして、危惧されはじめたのは、なんといっても「オトコの女性化」だ……と思っている。

最近テレビを見ていて、いわゆるオカマの世界が少し変化しているなと思い始めている人は多いだろう。

たとえば、Mツコ・Dラックスとか、Hるな愛とかは、かなりオトコのエキスを残したままオカマになってしまったような気がする。

かつては、Y咲Tオル(漫画家のオカマ)みたいに、ただ可愛い子ぶって、女(の子)になり切ろうとする気持ち悪いだけのオカマもいたが、最近のあの手の人たちは、やはり完璧なオトコであることを隠さない。いや隠せない。

つまり、彼らはいつの間にかあの手の、あのようなエキスを吸ってしまい、そのことに気がつかないまま、あの手の、あのような世界へと流されていったのではないだろうか?

本質的にかなりオトコっぽかった彼らが、その風貌や言動を変化させないまま、あの手の、あのような世界に染まっていった事実をどう捉えるか?

ここで、ヒトビト的モロモロ研究会としては、大いなる仮説を立てるのである。

彼らの誕生と、男女兼用トイレにおける、男子座り込み小用の問題とはどこかで結び付いているのではないか・・・・と。

つまり、座って小便をするようになって、何となく自分がオトコではなくなっていくような、そんな錯覚に陥るオトコっぽいオトコたちが増えているのでは………と。

彼(彼女?)らは、オトコっぽい要素をたくさん持っていたがために、トイレから出てくる際、いつの間にか自分が内股で歩いていたことにも気が付かなかったのかも知れない。

ボクを含めた多くのオトコたちは、そのことにある日ふと気が付き、女性化から逃れることが出来たのだ。

しかし、女性化はなかなか歯止めがきかない勢いを感じさせている。

果たして、オトコにも、トイレ完全座り込み時代がやってくるのだろうか?

たしかに、兼用トイレにおける臭いの男女不平等は明白である。オトコとしては、女性たちのために、しっかりと便器の淵にケツを押し付け、しっかりと放尿して、終わったら、さっさと流してしまうのがベターなのかも知れない。

しかし、本当にそれでいいのだろうか?

これは、少子化問題にも関連していく大きな要因となる可能性をもっている。なにしろ「オトコ」が少なくなるわけだ。

また逆に、最近の「できちゃった婚」傾向は、ひょっとすると優柔不断なオトコの子たちの出現がもたらしている現象なのかも知れない。

まだまだ先は不透明だが、日本の将来と、男女兼用トイレのあり方その他について、モロモロ研究会はさらに深く考えていく。いや、いこうと思っている。いや、その、いくかも知れない……。とりあえず、そういうことなのであった………

 

※この文章は、私的エネルギー追求誌『ヒトビト』第3号で書き下ろしたものに、最近の新たな研究を付け足し、なるべくこき下ろされないようにと、ゆるやかに加筆したものであります。

 


「男女兼用トイレの臭いと日本の将来について」への4件のフィードバック

  1. ああ、楽しかった。
    とても深い研究(笑)で、恐れ入りました。
    こんなこと考えられることそのものが不思議ですね。
    ナカイさんの文章にはちょっとバリエーションがありすぎて、
    ついていくのが大変です。
    けど、とにかく面白いから読んでしまいます。
    これからも研究の継続を期待しています。

  2. ちょくちょくお邪魔していたのですが、
    今回特に大変面白かったので、
    お便りさせていただきます。
    ホントなのかなあ~?って
    読みながらずっと考えていたんですが、
    読んでいるうちに、
    そんなことどうでもいいふうに思えてきて、
    最後が女性化から
    少子化やできちゃった婚に至って、
    これはエンターテインメントなんだと
    悟った次第です。

  3. 先輩、題名に飛びつき読んでしまいました。毎日便所掃除をして、まさに子供たちのはね散らかしを苦々しく思っていたところであります。しかし、同時に安心しました。うちの子らにでき婚はないであろうことに。ありがとうございます。

  4. 朝のひと時にクスッと笑っている自分がいました。
    5年半経った今、洋式トイレ使用の男性の女性化かなり増加した模様(テレビ等からの情報)。
    我が息子2人は自分達の家庭ではどちらなのか?
    今度確認してみようかな(微笑い)
    故郷石川を離れ39年、雑記文1年半程前見つけつい引き込まれて楽しんでいます。この回読み逃していました。
    思い出せば雪すかし、雪どかしの回、そうそうと…。
    金沢の街並みも変わったでしょうね。(郷愁)

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