雨の千寿ヶ原で
土曜の朝、立山山麓へと向かう。
お手伝いをしている太郎平小屋のパンフが出来上がり、それを届けに行くというのが直接的な目的だった。
第一弾を作ってから、もう何年過ぎただろうと考えながらクルマを走らせたが、結局確たる記憶が戻らぬまま、高速道路から道は谷あいに入って行き、そのまま気が付いた頃には立山大橋を渡っていた。
金沢ではすでに上がっていた雨が、まだ降り続いている。残雪から湧き上がる霧も深かった。
かなり落胆した。間接的とはいえ、どちらかと言えば本命の目的だったスキーが出来ないのだ。テレマークスキーの板が、後部座席を半分倒したスペースに寝かされている。
極楽坂スキー場下のロッジ太郎にまず寄って、モノを降ろす。ロッジの賢二さんが喫茶の方から出てきて、手伝ってくれた。
みな千寿ヶ原に行ってると言う。モノを降ろすと、すぐにそっちの方へと向かうことにした。
4月に入り、スキー場周辺は当然静まり返っている。まだまだ雪はたっぷり残っていて、この雪は我らのために残されているといった思いの強いボクとしては、この最高の時季を逃すわけにはいかないのである。
しかし、しっかりとした雨だ。なおさらその静けさも際立つ。
立山へ向かうケーブルの発着駅がある千寿ヶ原も、数日前に弥陀ヶ原まで開通したとは言え、やはり室堂までの全線開通までは静かだ。
かつては、この短い期間を狙って、ガラガラのケーブルとバスを乗り継ぎ、弥陀ヶ原まで行った。
それから先はスキー歩行で室堂まで頑張ったこともある。
そこまで頑張らなくても、弥陀ヶ原の周辺を歩いたり滑ったりと自由に楽しんだり、そのままケーブルの駅まで滑り降りたこともあった。
いろいろな思い出が蘇ってくる。缶ビールを忘れたまま山に入り、失意のどん底へと落とされていた時、一緒に上がった老夫婦が、ビニール袋に持っていたビールを分けてくれたことがあった。
大袈裟だが、あの時の嬉しさは今でも忘れることはない。ボクは、そのビールどこで買ったんですか?と尋ねた。
当然、下で買って来ましたよと言われたが、その時のボクの表情が相当無念そうだったのだろう。夫婦は気持ちよく袋から二本取り出し、ボクに差し出した。お金も受け取らなかった。
もう温くなっていた缶ビールは、その後すぐ雪の中に埋め、目印にブーツで大きな十字を雪面に描いておいた。
そして、三時間あまりほどその場から離れた。
汗だくで戻ってきた後の、部分的にシャーベット状になったビールもまた格別だった。
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立山カルデラ博物館の入口付近にある五十嶋商店の中で、五十嶋マスターと太郎平小屋の一樹さんとで談笑。
本格的にカメラ撮影を始めている一樹さんの写真の話や、新しい山岳コースの話など、とりとめもなく時間が過ぎた。
マスターの長年の思いが感じ取られる話にも興味が湧き、嬉しくもなった。たとえば今、木道の整備などが進められているが、あれは自然を壊すことなのか、自然を守ることなのか、その狭間で理論が分かれているという。
一方からは、あれは自然破壊を助長するものだと言われている。しかし、マスターはあれを作らないともっと自然は破壊されると言っていた。ずっとその場所に入る人でないと語れない話だと思った。
木道を作ることで、歩いていいのはこの上だけだという意識づけができるというのである。登山者は確実に増えている。
たしかに太郎平小屋から薬師沢小屋へ通じる道には木道が多い。かつて、木道がなかった頃は、単に歩きづらいということもあったが、道に外れて歩いていても平気だった。
ひどいヤツらは、沢から入り込んだ場所にテントを張り、平気で残飯を流し、食器などを洗ったりしていた。
しかし、木道は行動範囲をいい意味で規制させるはたらきをもつ。雨の日に靴底が滑りやすいという課題もあるが、それは岩の上も同じだ。個人の技術と気構えがものを言う。
高齢者や山ガールなど、さまざまな人たちが山に入ってくる昨今では、小屋のスタッフたちが担う役割はさらに複雑になってきたという。
夏のピーク時にケガ人が出たとしても、それを放っておくわけにはいかず、何らかの対応をしなければならないのは当然だ。そのために、二百人近くにもなる宿泊者たちの世話に支障をきたすわけにはいかない。
しかし、食事が遅いとかクレームを付ける“登山客”も増えている。かつては、山に来るものは“登山者”だった。山小屋のオヤジの存在に憧れすら持っていたし、叱られてもそれがまた嬉しかった。
これからの山小屋はどうなるのか? マスターの白髪も増えるわけだ。
お昼には、油揚げが浮いた温かい素麺と炊き込みご飯をいただいた。五十嶋家でいただくものは、なんでも温かく美味い。
その温かさは単に湯気が上がっているという温かさだけではなく、素朴でありながらも心がこもった温かさだ。
外はまだ雨が降り続いていた。
スキー積んでるんか? と、マスターに聞かれて、ええと返事をし、今日はあきらめて写真でも撮って帰りますと答えた。
お茶をいただき、また少し山の話をし、自分の失敗談ばかりが出始めた頃、そろそろ失礼しようと思った。
忙しいやろけど、夏には、山、上がって来られ……。マスターがこの季節、必ずかけてくれる言葉だ。
この人と出会ってなかったら、ボクはこれほどまでに山を好きにならなかっただろう。
いつも、マスターと会うとそう思うのだ……