内灘闘争の伝え方を再考


内灘闘争60周年がテーマだった、今年の「内灘砂丘フェスティバル」。

会場となった文化会館のロビーで、ある写真と再会した。

米軍の砲弾試射の轟音に怯える、 若い母親たちの表情が強く印象に残った、一枚の写真だ。

この砂丘フェスティバルは、第1回、つまり立ち上げ時の企画やポスターデザインなどに参加しただけだが、 今回のテーマの表現としては違和感をもった…

内灘の話を、内灘の人たち、 特に若者たちや子供たちに伝えていくような、 そういった内容がいいと思うのだが、 いつも社会運動や沖縄の話などへと繋がっていく。

ボクたちでさえ大人になるまで、詳しいことはほとんど知らなかった。

今の若者たちや子供たちも同じだろう。

いや、もっと現実味を失っているに違いない。

まず内向きに、町やその周辺の人たちに歴史やその時代の日常を伝えていくのがいいと思う。

わずか60年前のことだ。

当時の自分の身内や近所の人たちが何を思い、何をしていたか、 こういう写真を見ると、そんなことを知ることの意味が見えてくる……

あらためて書きたい…

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