不思議な距離


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 仕事で自分の生まれ育った町と関わりを持つというのは、何だか奇妙なものだ。

 自分自身、その類の仕事で満足したことは一度もない。

 不思議なことに、最終的には投げやりに近い状態になっていることが多く、やはり何となく寂しい気持ちになるのだ。

 なぜなんだろうと、今あらためて新しい関わり(仕事)を持つことになったのをきっかけに考え直している。

 ふと思うのは、自分自身が自分の故郷である町に対して、それほどの愛情や親しみを持っていないのではないかということだ。

 これはある意味で当たっている気がしないでもない。

 しかし、誰しもが持つ正反対の心象のようでもあるし、それを第一の要因にするのは適当でないと思うのである。

 皆、少なからずそのようなものを持っていながら、故郷のことを思っているのだと思う。

 小さい頃からかなりのませガキであったボクは、さも当然のように大人になったら都会へ出て、自分の好きなことを自分のやり方でやるのだという強い思いを持っていた。

 都会というのは、小学校中学年の頃は東京であり、中学の頃には生意気にもニューヨークあたりになった。

 その後は趣を変えてまた国内に戻り、八ヶ岳山麓あたりに移行していき都会志向は消えていったが、とにかく故郷で生活するという選択はなかった。

 それが直接的になぜこうなったかは今書かないが、いざそうなってしまうと、逆に身動きがとれなくなるものらしい。

 大学を卒業する時には、ボクは完全にUターン志向になっていて、東京の暮らしには興味を失っていた。

 趣味の世界では東京に多くの未練はあったが、それ以外には何も魅力を感じなかった。

 しかし、今になって思うのは、ただ単に見つめる世界が少年時代より狭くなっていただけではなかったかということだ。

 もちろんそれは、大人になったからこそ分かる世界であったのかも知れないが、基本的なところでボクにはそれほど深い考えはなかった。

 Uターンした後、新たに見つけた趣味の世界に没頭していったが、本質的なところで大事なものを見失っていったのだと思う。

 当然見失っていることには気が付かなかったし、周囲は趣味の世界を楽しむボクのことを好意的に見てくれていた………

 故郷の町の仕事をする時には、少し腰を浮かせている自分に気が付く。

 悪い言い方をすると、完全は望めないと思っている(ように思う)。

 そして、望まれていないようにも思える。

 そうではない町では、もっとチカラが入っているのに、なぜかこの町ではそうならないのである。

 自分がこの町を見くびっていたニンゲンだった…?…からだろうか?

 あるいは、思いが強すぎる…?…のだろうか?

 どちらにせよ、また新しい関わりが始まる。年齢も、立場も環境もそれなりに変わっている中で。

 ボクの故郷である町は、「内灘」という………


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