金沢観光の仕事にチカラを入れ始めた頃、「ひがし」はまだそれほどでもなかった。
今の「ひがし」ではなく、「東山界隈」というイメージを重視していたくらいだった。
しかし、「ひがし」の人気が急激に上昇し始めると、実は西もなかなかいいのだヨ的空気が漂い始めた。
依頼されて文学をベースにしたストーリーを作り、室生犀星から始まって、島田清次郎、松尾芭蕉、それに中原中也などといったゆかりの文人たちをめぐるコースを企画した。
タイトルは「金沢のにしを歩く」にした……。
室生犀星が育った雨宝院の前から、にし茶屋街の方向へ抜ける狭い道がある。
左手に高い石垣が続く、なかなか雰囲気のいい道だ。
そして、その道に入ってしばらく歩いたところにこの石段はあった。
しばらく眺めていると、あやしげな曲がり方をした手すりにも、微妙な組み合わせで成立してしまっている石段そのものにも、誰かの思いが込められているような気がしてきた。
かつて、一度だけこの石段を上ってみようと思ったことがある。
しかし、これは鑑賞のためにあるのだと自分に言い聞かせてやめた……