なりたての夏に、奈良を歩く(2)


 興福寺は東大寺のすぐ近くにあり、奈良公園を散策しながら移動できる。人の列と時間の乏しさから、有名な阿修羅(あしゅら)像のある国宝館には入らなかったが、五重塔や東金堂など、見せ場はたっぷり堪能した。

 最近は金沢でもアジア系の観光客が激増しているが、ここ奈良でも当然のこととして中国語やハングル語が普通に耳に届いてくる。さらにフランス語やロシア語、そしてちょっと聞いただけでは判別できない言語なども飛び交っていて、国際色豊かな…などといった、一昔前の俗な表現では追いつかないものを感じる。

そして、ボクの前を歩いていたフランス人のカップルなどは、何だか修行僧と尼さんみたいな雰囲気で、クール(そうに見えた)に会話を交わしていた。日本の文化を彼らの方がよく享受(きょうじゅ)しているように感じたのは、彼と彼女がそれぞれ端正な顔立ちをしていて、非常に礼儀正しく映ったからだ。最近の弱々しい、上っ面だけの日本の若者たちにはないものを感じた。

それにしても暑い。しかし、否定的に言っているのではない。この暑さは決してボクにとって、歓迎しない暑さではないのだ。額や鼻のアタマがヒリヒリし始めている。一年間待っていた、夏の暑さだ。奈良へ来て、そのことを実感しているなんて、なんと凄いことだろうかと嬉しくなる。

興福寺から猿沢の池へと下る。ゆっくり周囲を歩きながら、日陰のベンチに腰を下ろす。浴衣を破いた(その1に詳細記載)旅館はどのあたりだったろうかと見廻したりするが、かなり前のことで思い出せそうにもない。池には亀がたくさんいて、石の上などで甲羅干し中の者や、水面から顔を出している者など数えきれないくらいだ。エサを与えられるせいだろうか、水の中にいる亀はみな、歩道に近いところにかたまって顔を上に向けている。亀はいったい何が好物なのだろうか。

木立の上に興福寺の五重塔が見えている。若い夫婦連れが横に座って、会話が始まった。日常の他愛ない話だったが、旅先で耳に入ってくる日常会話は新鮮だ。

ここまで来れば、「ならまち」と商店街を歩いて来なければならない。狭い通りの両側に、これもまた間口の狭いお店などが並ぶ。かつて、間口の広さで税金が決められていたために、こういう形状の家並みになったという。面白い。

出来たてのギャラリーをちょっと覗いてみた。木彫の若い作家さんが出展していて、本人から説明を受けながら、ゆっくり散策といった具合だ。金沢でこんなことを期待されているボクとしては、大いに興味があったのだが、運営そのものの話などは野暮だと思い切り出さなかった。こんなところが、ボクの公私混同の遺産?なのだナ……(意味分かる?)

昼飯は「とうへんぼく&豆豆菜菜」という、夜はカンペキ居酒屋さんという雰囲気の店で、非常にヘルシーな定食をいただいた。豆腐が美味い店みたいな雰囲気だったのだが、定食のおかずに“冷奴”が入っていない… 当然そこは一品を冷奴とトレードしてもらい、味・食感は普通(それでいい)だったが、しっかり賞味してきた。

腹ごしらえをして、もちいどのセンター街という商店街に繰り出す。「もちいどの」とは「餅飯殿」と正式には書くらしいが、1100年以上も昔の話が地名の由来というから恐れ入る。センター街という名前がついていて、とってもモダンな商店街といったイメージなのだが、実際はそうではない。というか、非常にユニークだ。個性的だ。面白い。楽しい。

商店街の新しい要素が詰め込まれているといった印象を受け、何度もシャッターを切った。“撮影ご遠慮ください”と看板の出ていた店もあったが、金沢からはるばる来たのだから、ご遠慮などしてられるかと、シャッターを切りまくった。

かなりしっかりとした歴史や文化をもち、そのことを、かなりしっかりと受け継いでいる地域では、すべてが、かなりしっかり伝わっている。そんなことをあらためて認識させられる、さわやかな商店街だった。

法隆寺へ行こう。

再び、169号線に乗って、緑がカンペキに美しい道を走る。法隆寺まではすぐだった。なつかしい雰囲気だった。素朴な風景の中に建っているといったイメージを強く持っていたが、そのイメージはあまり変わっていなかった。これが奈良の寺なのだなあと嬉しくなる。

法隆寺にも多くの人が訪れていた。玄関にあたる南大門付近ではそれほどの広さを想像させないが、実際に中に足を踏み入れ、移動していくうちに、その広さを実感する。

世界最古の木造建築。京都の寺と違うのは、何となく感じさせる古さのようなもの。京都の寺には完成された優美な美しさというものを感じるが、奈良の古い寺にはどこか完成されていないものを感じる。それが唐の時代の模倣(もほう)であったからなのかどうかは知らないが、そのようなことをずっと以前から感じていた。日本的な美的センスというものは、京都の寺づくりから洗練されていったのかと、奈良の古い寺を見ていると思うのだが、もちろん素人の浅はか解釈的意見に過ぎない。

最近は仏像ブームとかで、若い女性が仏像をじっと見つめていたりする光景をよく目にするが、次々と国宝や重要文化財に出会える法隆寺は、そういう意味では緊張を強いられる場でもある。こんなボクでも、無心になれるまで見つめていたいという、何か今までとは違うものをもって、神仏に相対するようになった。

「金銅釈迦三尊像」や「百済観音像」などは、どうしてもそんな思いで見てしまった。かつて一度だけ座禅の真似事を経験したことがあるが、雲水さんに言われるままにしていくと、いつの間にか頭の中から雑念が消えていった。あの感覚をいつも甦(よみがえ)らそうと苦心する。ボクにとっては、とにかく無心になることが最もいいことのように思える。

こんなに広かったのかと思いつつ、法隆寺の境内を歩いていた。かつて石川の仏壇研究をさせられていた頃思いを馳せていた、「玉虫厨子(たまむしのずし)」にも久しぶりに再会した。こんなに大きかったっけと、自分自身の記憶との食い違いに驚いたりしながら、仏壇の起源と言われていた「玉虫厨子」の懐かしさに嬉しくなったりもしていた。

外へ出てコーヒーブレイク。カフェは常に満席状態で、ひっきりなしに客が入って来ていた。外は暑かったが、それなりに美味いホットコーヒーだった。慌ただしかった思いと、それとは逆のじっくり相対してこれたみたいな思いとが重なった。奈良はやっぱりいい。そして、自分の中に何か物足りなさがあるのは、やはりもっといろんな所を見たいという思いが残っているからだと分かった。

ゆっくり振り返ると、やはり奈良はいいのだ。そうだ、あの「三輪のそうめん」だって食べていなかった。物足りないわけだ……

 

 

 


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