なりたての夏に、奈良を歩く(1)


 梅雨が明けた翌日の未明、東大寺と法隆寺をめざして奈良へと向かった。

 4時半過ぎに自宅を出て、5時には北陸道に乗り、9時前にはしっかり奈良公園に着いていた。

 本当は、法隆寺に先に立ち寄る予定だったが、「なら博」の真っ只中、会場に近い東大寺周辺の混雑を考えると、法隆寺をあとにまわして東大寺に先に行く方が得策だと判断した。そして、それは正解だった。

 西名阪自動車道の法隆寺インターを一旦通り越し、天理インターから国道169号線で奈良公園へと真っすぐ向かう。天理や桜井といった地名がハゲしく懐かしい。

 奈良公園はまだ朝の静けさの中にあった… と言いたかったが、そうは問屋が卸さない。さすがに世界遺産、日本の歴史の原点をなす場所だ。三連休のド真ん中、朝から静かなわけがない。もうすでに多くの観光客が公園の中を歩いている。

 駐車場の選択に少し時間を費やしたが、奈良県庁近くの都合がよさそうな場所にクルマを入れた。クルマを降りて、すかさず東大寺への近道を聞いている先客たちの声に耳を立ててみると、係の人が指をさしながらその道を示していた。当然ながらその指示に従う。

 空は文句なしの青空。そして、その青空に、まるで文様のような白い雲が浮かんでいた。

 日本の歴史の原点である奈良では、空までもが奈良なのだなあ~と、訳の分からない思いを抱き、そして、そのままボォーっと空を食い入るように眺めながら、息をひとつ吐いたりする。オレは今、古(いにしえ)の空気の中におるのだぞ。土塀ひとつもまた、古の手触りだった。

 奈良の大仏さんを見上げるのは三度目だ。当然見下ろしたことは一度もない。

 ここではまず大仏殿に圧倒されるのが普通だ。東大寺金堂とも呼ばれる大仏殿は、料金所を過ぎ、もぎりのおじさんの前を通るまでの、回廊を歩いている間の眺めが素晴らしい(タイトル写真)。唸る。一般成人で、だいたい平均して三度は唸ると思われる。背景の青空もまた素晴らしく、駆け引きなし・ド真ん中へのストレート一本勝負で迫ってくる。

 大仏殿を正面に相対すると、さらに気持ちも引き締まり、いよいよ大仏さんとの対面に向かうのだなという緊張感が漂ってきた。なにしろ久しぶりに見上げるのだ。

 初めて見上げた時の感動などというのは忘れたが、二度目の時、近くの旅館で、着ていた浴衣(ゆかた)を真っ二つに引き裂いたことは覚えている。それもかなり鮮明に。

 朝起きがけに、浴衣の下半分を踏みつけたまま立ち上がろうとしてしまった。次の瞬間、浴衣は上下に見事な勢いで分裂し、立ち上がった時には上半身に奇妙なカタチで浴衣の半分だけが引っ掛かっていた。紐もとれ、浴衣の下にチェックのトランクスが露(あら)わになっている。一緒にいたのは、無二の親友Sで、ボクとSは二秒半ほどの間、茫然とその光景を見たあと、ドドッと吹き出し笑いをした。おかしすぎて、涙が果てしなく流れ落ちた(…そんなことはない)。

  そんな話はまったくどうでもいいのだが、とにかく大仏殿に向かって石の敷かれた道が真っすぐ伸びていた。

 大仏殿も国宝だが、当然大仏さんも国宝だ。国宝級なのではなく、国宝そのものなのだ。盧舎那(るしゃな)大仏と正式には言う。日本史で覚えさせられた。

  ところで、ボクは日本史が好きで、英語とともに好きな科目のひとつだった(と言っても他に好きな科目はなかったのだが)。この時代のことでも、結構それなりに知っているつもりでいる。が、それは実際にこの土地に来て見たのとは違っていた。

 ただ、自分がこの時代に何かを感じていたからこそ、かつて何度も奈良に足を運んだのだろう。そのことは確かだ。

 京都よりも奈良によく出かけたのは、奈良の風景が素朴だったことにもよる。寺のある風景もそうだったが、何となく想像を豊かにする趣が、京都よりも奈良に強く感じられた。

 二日がかりで歩いた三輪山の麓の“山の辺の道”もそうだが、それ以外でも室生寺や長谷寺、さらには、もうすでに名前すら忘れてしまった幾つかの寺など、それらがあった一帯の風景は、京都のような都市型ではない、山里の風情がそのまま残っていた。そして、ボクははっきりと後者の方が好きだった。

 静かな山里の寺をめぐっていた自分には、何か研ぎ澄まされた、そしてかつ柔軟な感性が生きていたように思う。コンテンポラリーなジャズを聴きながら、古い寺への道を急いでいたようにだ。

 目に見えるはずのない歴史の空気を、自分自身で想像し、思い切りそれに浸ってみようとする。それは歴史ばかりではなく、自然や日常の営みにまで発展した。

 奈良の山里や、信州の山里には、そういう自分の中の極めつけの風景があった。

 大仏さんは黒かった。そして、やはりデカかった。14.7mもあるという。

 向かって左側前方からゆっくりと見上げられるスペースがあるが、そこからは奥行き感のある大仏さんの威容を感じ取ることができる。

 広げた手の中指が少し前に折れているのも鮮明に見てとれたりする。あれは何を意味するのかと思ったりもするが、まあどうでもいいかと開き直り、自分でも真似してみると、何となくそれも自然なのではないかと思ったりした。

 暑い。大仏殿を出ると、容赦ない真夏の日差しが待っていた。

 暑いのは好きだが、何事もほどほどがいい。ビールも冷え過ぎていては本来の美味さが逃げてしまうように、真夏の太陽も、あまり熱くなり過ぎては逆に嫌われてしまうのだ。

  奈良公園と言えば、鹿だ。

 実際には聞いていないが、係の人に「奈良公園には、他に動物はいないのですか?」と聞いてみると、「はい、鹿しかいません」などと答えるに違いない。精一杯のユーモアかも知れないが、逆にそのことを、よその土地からやって来て「くだらねえシャレ言いやがって」とか逆上的に言うのも正しくない。

 係の人たちにしても、強いて言いたくもないシャレなのかも知れないし、聞く方としても、それを敢えて言ってくれているのだと解釈するのが正しいだろう。

 南大門に向かって歩いていくと、無数の鹿たちが道に出ている。そんな中に、柵の外には出てはいけないみたいな鹿の親子がいた。小鹿が三頭いて、そのうちのいちばん小さい鹿が一生懸命?可愛い声で鳴いていた。腹を空かせているのだろうかと思っていると、母鹿らしいのがボクの方に近づいてくる。シカ煎餅を持っていて、それを与えようとしている…と思ったのかも知れなかった。

 しかし、ボクはシカ煎餅を持っていなかった。こんなところで慈悲深いかどうかなど判断してほしくはなかったが、母鹿はボクをそういう風に見ていたに違いない。

 その証拠に、ボクに煎餅を与えようとする意思がないことを認識すると、ボタボタと例の丸い糞(ふん)を惜しげもなく噴出し、そのあとおまけに小水、つまりオシッコも放水して立ち去って行ったのだ。

  そこまでしなくてもいいんでないの…? 掃除するおばさんたちも大変なんだろうから…

 なりたての夏の日の、午後の出来事だった……  (つづく)

 

 


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