山の空と妄想と


山の雲

今でも山を見ていると、不思議と永遠な何かを思ったりする。

山は空に繋がっているからだと思っている。

空にある雲も同じだ。

雲はそんな空に浮かんでいたり、空を流れていたりするからだろう。

昔のメモを見ながら書く……

かなり前のことだが、北アルプス奥黒部の山々を見渡せる場所で、岩の上に寝っころがり空を見ていた。

午後の空は、青が一層濃くなったように感じられ、わずかに浮かんでいた雲たちもどこか遠慮しがちだった。

しかし、時間がたつにつれ、その雲たちの存在がぽつんぽつんと空に広がり始めた。

気が付くと、自分より少しだけ高い位置で、並びながら静かに浮かんでいるようになった。

そして、その様子を見続けていると、なぜか激しい無力感に襲われ始めたのだ。

それは自分の中で、死後の世界のようなものに繋がっていた。

そして、西日が薄く広がってくると、あまりにもその気配が強くなりすぎ、息苦しささえ感じるようになってきた。

空の上に、また空がある。

その空はもうどこまでも続く空で、下界で見ていた空とは違った。

雲の上にも、また雲がある。さらに、その上にも。

宇宙が昼間の状態で明るく広がっているのだ。

実際はそうではないことも知っているつもりだが、その昼間の宇宙が永遠という感覚を煽っている。

そして、自分はその昼間の宇宙の永遠の中に、ぽっかりと浮かんでいて、二度と戻れない……

ふと、家族のことを思った。

自分が死んでいく時の家族のことだ。

そんなことを思うこと自体で、すでに自分が弱い存在として今あることも感じた。

空を見ていることに耐えられなくなり体を起こすと、空はやや前方に広がり始める。

ダイナミックな稜線が、広い視野の中に戻ってくると少しホッとした。

身体が冷え込み始めていることにも気が付く。

傍らには、空っぽになって握りつぶされたモルツの空き缶とカメラ。

現実に戻ったのかどうか、山にいるから、その感覚もおかしいのだが、とにかく下の山小屋に向かって、来た道を下り始めた………


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