hisashinakai
金沢の高尾山を初冬らしく歩く
12月中頃の土曜の午後、つまり初冬の休日の午後である。
金沢の奥座敷こと湯涌温泉から高尾山方面を歩いてきた。
特に計画らしきものもなく、いつもの湯涌ゲストハウスに立ち寄って、前に見せてもらっていた簡単なマップをもらっていこうと考えていた。
念のため、湯涌ゲストハウスの小屋番・A立クンに電話を入れると、相変わらず週末は客が殺到して、その準備に忙しいとのこと。
久しぶりの晴れ間の中、初冬にしてはやや温(ぬる)い空気が温泉街に漂っている。
邪魔にならないよう、マップをもらったらすぐに山入りしようと思っていたが、いつものように誘われるままカウンターに座ってしまい、彼の淹れてくれた美味い珈琲をいただくことに……
ピアノ・トリオの演奏が聞こえる中、しばらく世間話をし、マップのルートについて彼から話を聞いた。
高尾山…東京にある人気の低山と同名だがカンペキに違う。
湯涌温泉から旧江戸村跡地まで上がり、公園になっている場所の駐車場にクルマを置いた。
途中には、かつて東洋一の豪華さを誇ったと言われる「白雲楼ホテル」の跡地もあり、まだ営業していた時代(自分も20代だったろうか)に仕事で来ていたことを思い出す。
客として来たこともあって、風呂場へ行く道中が妙に怖かったのをぼんやりと覚えていた。
公園の駐車場にはクルマが一台、初冬らしき静寂の中、いかにも淋しそうに止まっていた。
ホントはもっと上までクルマで上がれて、そこから登山道が始まるらしいのだが、何となく長い時間歩きたいという気持ちもあったので、自分もそこにクルマを置くことにした。
A立クンも言っていたが、この季節はやはり早めの下山がお勧めだ。
路面は濡れた落ち葉が重なっているし、すでに陽は西の方に傾き始めている。
途中で引き返すこともアタマに置いて、舗装された道路を歩いた。
日陰に入ると、空気はさすがにひんやりとして顔のあたりにへばりつく。
フリースのファスナーを上げ切り、かなり早いペースで歩くことにする。
一応、小さなリュックにはもう一枚防寒着も。
しばらくして登りと下りの分岐があり、そこを過ぎると炭焼き小屋が目に入ってきた。
もう冬季閉鎖中なのだが、小屋と言うには立派過ぎる。
周囲の木立の間には素朴なベンチも置かれていて、寛ぎのスペースといった上品さだ。
道から外れ、炭焼き小屋周辺の落ち葉の中をわざと音を立てながら歩きまわった。
道に戻ると、しばらくでこれまで登りの流れだったのが一気に下りに変わる。
やや躊躇しながらも、さらに暗くなっていく道を進んだ。
夏であれば、涼味が溢れるのであろうなあと思う。
そう思いながら、ここはまだ登山道ではないということを意識する。
そして、さらに進んで行ったところにある小さなスペースに、三台のクルマが止まっているのを見た時には少々拍子抜けがした。
やはり、ここまでクルマで来る人たちがいるのだ。
登山口の表示があった。
そうか、ここからが登山道なのかと納得するが、ここまでの道も登山道にしていいのではないかと、ふと思う。
そんなことはどうでもいいのだが、やはり土の上に出て山歩きらしくなったのは言うまでもない。
こじんまりとはしているが、それなりに急登もあったりして、なかなかやるじゃないかと気持ちも高ぶってくる。
最近、テレビでも“山番組”が多くあり、自分が忘れていた山歩きのバリエーションなどに懐かしさを感じたりするが、こういう山に来るとそれが肌で感じられる。
しかも、初冬の締まった空気のせいだろうか、余計にグッとくるのだ。
急登の途中でようやくヒトと出会った。
意外にもやさしそうな若者だった。
両手にきれいに伐採された枝を持ち、ストック代わりなのだろう。
やや不安そうにこちらが上がって来るのを待っている様子だ。
山やっているナといった感じを受けない分、この山の身近さが伝わってくる。
簡単な言葉を交わして急登を過ぎると、今度はやや高齢な二人組と擦れ違った。
別に期待していたわけでもないが、コンニチワに頷いてくれただけだった。
最後に、今度は山やってます的雰囲気がたっぷり伝わってくる同年代(オトコ)と擦れ違う。
向うから開口一番、「今頃から登るんけ?」の声。
瞬間的にこのヒトは、この山のことを知っているナと感じる。
大概こういうヒトたちがこうした山を守ったり、広く案内したりしているのだ。
足を止め、ええ、行ってみようかと…と答え、そしてすぐに、早足のピッチに戻す。
3時間もあれば、最高地点(奥高尾山)まで行って下りて来ることができると考えていたが、それは登山口からのことで、自分はさらにその下から登っていたことを思い出した。
やや不安になってきた。
マップを見て、とりあえず前高尾山(763.1m)までにしようとほぼココロを決めた。
倒木が道をふさいだ急登の途中に、奥高尾山と前高尾山の分岐があった。
左上方に向かう滑りやすい不安定な斜面に足をかけ慎重に登った。
すぐに道は平坦になり、落ち葉が一層深くなっていく。
さらに行くと、今度は緩い下りになった。
そして、あれが前高尾かと木立の中の小さなピークを確認した時、前方が開けてきた。
前高尾のピークよりもこの稜線(と言っていいかどうか?)上にいた時の方が印象深いのは、どこかにあった焦りみたいなものが、ここからの眺めで和らいだからだろう。
まだ空は明るかったが、風は冷たかった。
山にいる実感が、その風の冷たさで湧いてきたような気がした。
もうかなり前のことだが、テレマークスキーで医王山の林の中を滑り降りたことがあった。
滑り降りたというとカッコいいが、実際は転がり下りて来たというのが正しく、最後はルートを誤り、スキーを外して登り返した。
そして、雪明りにほぼ助けられながら、何とか下山したことがあった。
その時も、登り返した場所で顔に当たる冷気が山にいることを実感させた。
カラダは汗をかいていたが、顔だけが冷たかった。
伐採され、分断された木がゴロゴロと一応並べられてある。
高くはないが、山域がそれなりの深さを持っていることが実感できる眺めだ。
カラダが一気にまた冷え込んできた。
尾根には初冬の風が吹いているなあと周囲を見回す。
下りも速足ピッチでスタートした。
しかし、さすがに落ち葉の上で何度も足を取られながらのやや難行だった。
特に急な場所では岩の上や泥の上の落ち葉が滑る。
朽ち果てようとしているかつての大木を見ていると、来年の春までこの木は残っているだろうかと余計なことを考えたりする。
辛うじて差し込んでくる木漏れ日の中で、木々が輝いていたりもする。
登山口までは、あっという間に戻れた。
アスファルトの道は、百名山を自力で完全踏破したアドベンチャー・田中ヨーキ君ばりに駆け足で進んだりもした(もちろん、ちょっとだけだが)。
駐車場に戻った頃には、もう夕暮れが始まっていた。
A立小屋番にメールしたが、返事がこないところをみると、湯涌ゲストハウスは、ゲストたちでにぎわっているのだろう。
湯涌ゲストハウスの美味珈琲をあきらめながら、こういうカタチの山歩きもそれなりに楽しいし、年齢やら体調やら、時間的余裕やらを考えると、もっとやっていこうかなと思ったりする。
初冬らしい締まった空気の中で、無理やり背伸びをしてやった……