井波の小散歩と小雑想


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富山の井波といえば、よく知られた彫刻の町だ。

最初に立ち寄ったのはまだウラ若き青年の頃だったが、二度目か三度目あたりの、やや埃をかぶった世代の頃には、余裕も持って近くの高瀬神社に寄ったりもしてした。

ただ、立ち寄ると言っても、大抵ぶらりと来てしまったというケースが多かった。

井波の町の面白さを知ったのは、仕事絡みで訪れるようになってからだ。

それはやはり地元人との出会いがあったからで、そのおかげで一気に井波ファンになっていた。

いずれも彫刻家で、いずれも面白い話を聞かせてくれる人たちだった。

工房にお邪魔して話を聞いたり、井波の代名詞である瑞泉寺の隅々までを案内してもらったりと、その人たちとの出会いがなければできない経験もさせてもらった。

特に瑞泉寺の中の見学は楽しい時間だった。

それからもちょっとした仕事にかこつけて、ぶらりと訪れたりすることがあり、仕事を片付けた後、町の中を無作為に歩くことが多くなった。

メイン通りはほとんど通らず、裏道から裏道へと狭い道を歩く。

瑞泉寺の横に城があったことはそんな時に知った。

一向一揆の拠点であった瑞泉寺が佐々成政に攻められ、その後その家臣によって寺の横に小さな城が整備された。16世紀の後半、まだ戦国時代のことだ。

その後、その城は前田利家によって取り壊された。

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9月中頃のある日の午後、近くまで来ていたのでまた井波の町に寄った。

豪壮な瑞泉寺の山門は見るだけにして、石垣沿いの道を左に行くと、石垣はすぐに終わるが、石と石の間にきれいな花が咲いていたりして、山里の空気感を味わいながらの散策を始める。

井波のメインストリートであるそこまでの参道は、ただ何も考えずに歩いていた気がする。

右に折れてから、高台の方へと緩い傾斜を登っていくと、すぐ先に、大きな神社へとつながる石段が見える。井波八幡宮だ。

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道はYの字型になって左右に分かれていくのだが、その間の石段の前に立つと、鳥居越しに堂々とした社殿が見えてきて、深呼吸などをする。正しく気持ちが引き締っている証拠だ。

境内に入ると、鬼気迫る表情の狛犬に目がいく。

いろいろな狛犬を見てきたが、ここの狛犬は独特の個性を持っている。

タイトル写真にあるように、苔だけではなく、体のあちこちから草が生えていたりしているのだ。

“ガラパゴスから来た狛犬”と名付けたが、なかなかのネーミングだと自画自賛した。

白いクルマが一台止められているが、人の気配はない。

本殿にお参りし、それほど広くもない苔に覆われた境内を歩き、脇から抜けた。

右手が石垣、左手が板塀になったいい雰囲気の道がある。

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石垣の方には門があり、中に入ると臼浪水(きゅうろうすい)と呼ばれる霊泉がある。

瑞泉寺の名前はこの湧水からきているとのことだ。

これといって特別な思いもないが、道に戻ると曇り空の下の空気が少し冴えてきたように感じた。

まっすぐ前が古城公園と呼ばれ、二の丸の跡らしい。

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ヤマトタケル(だと思う)の立派な像が、周囲とうまくバランスを取りながら建っている。

それにしても静か。初めてではないのに、なぜか新鮮な感覚に陥っている。

一応、奥に建つ招魂社まで足を運び、そのまま戻ることに。

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途中、太い幹をまっすぐに伸ばした大杉が立っている。

周囲はやはり城跡であることを思わせる石垣や土塁が続く感じで、家々の間の空き地にも特有の空気感が漂っている。

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さらに行くと、井波らしいアートとして創られた彫刻が置かれた公園がある。

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ようやく犬と散歩する高齢の女性と出会った。

こんにちわと、よそ者である自分の方からあいさつすると、やさしい笑顔で答えてくれた。

やはり文化度の高い土地の人たちには気品があるなあと、知ったかぶりで感心する。

思わず足も軽くなったように感じたが、逆に言えば、よそ者であることに強い自覚が生まれて、その場を早く立ち去りたいという気持ちになったのかもしれない。

特に観光客などがあまり足を運ばない所でのよそ者は、なぜ今自分がこの場所にいるのかを説明しなければならないような思いを抱いてしまう。

このことは自分の中での永遠のテーマ(大袈裟だが)みたいなものだ。

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今は南砺市という括りでまとめられたこの地域には、個性的な町が多い。

五箇山から白川、さらに荘川、そして郡上八幡へと繋がっていくのだから誰も文句は言えない。

ある意味、日本を象徴するエリアなのである。

道そのものもそうだが、その道から少しそれていくと現れる素朴な風景にも、飽きない面白さがある。

ただ、そうした場所には、もう一度行こうかと思っても、なかなか行けなかったりするから厄介なのだ。

このあたりに来ると、まだまだ自分には知らない風景や、味わったことのない空気感が残されていることをいつも思う。

そして、若い頃にやたらと感動していた山域の風景にもう一度出会いたいと、自分に熱いものを吹き込もうとしたりしている。

その日の帰りは、瑞泉寺の前まで戻りはしたものの、参道は下らず、もちろん境内にも入らず、そのまままっすぐ進み、途中から右に折れて家々の間の道を歩いてきた。

空は曇ったまま、空気はいつの間にかまた静かに湿気を含み始め、町なかがひんやりと、そしてしっとりと落ち着いていく感じがした。

自分の最も好きなスタイルに近い町歩きが、ここ井波にもある。

それはどんな小さなカタチでもよくて、ただ歴史の匂いと素朴な風景と人の生活感があることだ。

あらためてそんな思いを抱きながら、駐車場のトイレに立ち寄り、井波を後にしたのである………

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