小さな山行の思い出


「あるトレッキングにて」

あまりにも雄大で そして美しすぎた世界を前に

その人はどうしても涙をとめられないでいた

深く濃い青の空 雪と氷におおわれた緩やかな峪(たに)

雄大さも美しさも すべてが信じられないまま

ここまでの道を歩いてきたのだろう

そして今 この場所に自分がいるという事実に

その人の心は 大きく動かされていたに違いなかった

すべてを映しこんだサングラスの縁から涙が流れ落ちる

こんなところに自分がいるなんて と言う

ここへ来ることを許してくれた者たちすべてに

感謝しなければ とも言う そしてこの世界のすべてを

いつか必ず その者たちにも見せてあげたい……

涙声のまま その人は話し出した

日常は すべてにおいて自分を敗者にし哀れんだ

それは現実という意味では仕方のないことだった しかし

自分自身もそれらによって狭く そして

息を殺して生きていくことに馴らされていく

そんなふうに生きていくしか 道はないのだと思い込んでいく

この空の青さも この雪の白さも そしてすべての雄大さも

それらは知る術もなければ知る必要もなかった しかし

まちがいなく来てよかったと思った

そんな単純な表現では追い付かないくらいに心が動いた

こんな自分でも さも当たり前のように 大自然は

迎えてくれるんだという嬉しさがカラダ中から湧き上がってきた

何千年 何万年と続いてきたこの場所の時の流れの中に

ちっぽけな自分の存在がだぶっていく そしてその人は

視線の方向を変えた もう一度この場所へ来るために

自分らしくやっていこうと思う と言った

サングラスの奥の目は きっと笑っていたに違いなかった

 

 この小文は、2000115日発行の「ヒトビト」第8号に掲載したものだ。北アルプスの某山へ数人の山仲間と一緒に登った時、連れの中に初めての山という人がいて、その人の言動をもとに書いた。いろいろとつらい時期にいたらしい人で、突然の涙を見たときは正直びっくりした。山はその人に再び生きる勇気を与えた。犠牲にしてきた家族が行って来たらいいと送り出してくれたという。あの時のことを思うと、こちらもなんだか切なくなる。 

 山にはいくつもの思い出があるが、今でもときどき振り返る話だ………

 


「小さな山行の思い出」への1件のフィードバック

  1. 山にはとてつもないパワーがあって、
    人の心を動かすなど簡単なことなんですよね。
    前に上高地の梓川の流れを見ると、
    どんな人間でも、美しいと言わざるを得ない。
    そんな話を書いてましたが、
    自然には敵わないということです。

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