🖋 朽木街道を行く
久しぶりに京都・大原の里をゆっくり歩き、翌日も奥嵯峨の方まで足を延ばして来よう…という旅に出た。
と言っても、その上り下りの道中は、30年ぶりぐらいの「朽木(くつき)街道」であって、どちらかと言えば、その道中の方 に重きがあったと言ってもいいかも知れない。もちろん、そのようなことは助手席の家人にも言っておいた……
「朽木街道」を知らない人でも、「鯖街道」と言えば知っているにちがいない。かつて、越前から京へと鯖が運ばれた道だ。
最初に朽木街道のことを知ったのは、今から40年以上前である。この雑文集にも再々出てくる司馬遼太郎の『街道をゆく』でだ。この街道をめぐる紀行は、1971年1月から週刊朝日で連載が始まったが、その3・4回目が朽木街道の話だったと思う。
当然、その時をリアルタイムに知っているわけはなく、その後に文庫本の第1号が出てから知ったのである。
そして、当初この街道への関心は、京都大原に抜けられるという話から始まった。大原や比叡山の方に、金沢から日帰りができるというのが魅力だった。
京都へつながるというのは、かつて織田信長が浅井・朝倉軍に敗れ、家来たちを置いて逃げ走ったという話で有名?であり、信長嫌いのボクとしては、その意味でも痛快な道であった。司馬遼太郎もこの話を詳しく書いている。
ボクはその話よりも、深い谷の道とか、街道らしい美しい水の流れがあるということに惹かれていた。
当時(40年前)の道は今のように整備されていなかった。観光道路ではなかった。大型車とすれ違う時などは少し怖い思いをしたし、もちろん道の駅などもあるはずがない。
ただ、静かで、季節感にあふれた道だった。
そんな道(朽木街道)を何度も走った。これも『街道をゆく』からの影響だが、大原から鞍馬街道へ抜け、あちこちをめぐりながら、最後は嵐山に宿をとったこともあった。鞍馬への途中には杉木立の中の細い道があり、林業の人たちにご迷惑をかけまいと、ひたすらアクセルを踏み続けていたのを覚えている。そう言えば、あの時も今のように新緑が美しい季節だった。
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金沢から高速をつなぎ、若狭街道と名付けられている道を走ると、滋賀県に入る前、つまりここはまだ福井県なんだなと思うあたりに熊川宿がある。
先はまだあるからと、宿場のはずれにある道の駅でわずかな休憩をとるのみにする。
ご高齢ライダーたちが、こうしないとカッコが付かないのだよ…と言わんばかりに煙草を口にくわえている。その集団を横目にトイレへと行かねばならない。
こういう時よく使うギャグが、タバコ吸ってもいいけど、吐いちゃダメだよというセリフだ。特に、吸っていいすか?と問われた時などには、よく受ける………
まだ昼には時間がたっぷりある。その日は気温が30度を超えるらしいと聞いていたが、このあたりもすでに陽射しが強く新緑が眩しかった。
熊川宿を過ぎるとすぐに滋賀県に入り、若狭街道から分岐していよいよ朽木街道へと入っていく。
ところで、一般の地図上には朽木街道という表記はなかったような気がする。『街道をゆく』の中にあった地図には、明確に記されているが、その堂々とした表記がいい感じでよかった。
クルマに加えてオートバイが多いのは、この道の気持ちのよさのせいだろうと思うが、京都の人たちが海に出るのに便利な道であることも想像できる。奈良はもちろん、京都の中心部も海とは縁遠いイメージがあって、高貴な歴史文化には海とつながる道が必要なのだ…と、勝手に思ったりした。
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朽木の中心部であると思われる「市場」という町の中でクルマを止めた。
朽木の杣人(木こり)たちが四方の山々からこの市場へと降りてくる…と、司馬遼太郎が書いていたように、ここには現在の高島市の支所や学校、商店などが集まっている。道の駅もあった。
その古い家々が並ぶ光景は実に不思議な世界で、百貨店と名付けられたユニークな外観のお店や旧商家、郵便局なども目を引き何度となくカメラを構えさせる。家人もクルマを降り、この古い町並みを楽しんでいた。
大原までの道はここからさらに山深くなっていく感じで、それにしては道がいいなあと思っていると、見下ろす集落の中に延びている狭い道が、かつて自分が走っていた道なんだろうと想像させた。
「花折」という懐かしい地名が出てくるのは、その名のついたトンネルに入る時だ。琵琶湖大橋まで通じているという道と分かれるのが「途中」。この地名も見覚えがあり懐かしい。
峠を過ぎて道は当然下りになり、しばらく行くと美しい白い花たちに迎えられる。林間のゆるやかなカーブが続く、快適な道が待っていた。
もう京都府にいる。
それからまたしばらく行くと、果てしなく青い空の下に、大原の里が広がっていた………
※続編『朽木街道を帰る』『朽木街道で大原へ』へと続く…予定……