1月 書き始め


 1月がもうカンペキに後半に入ったあたりの日曜日の午前。

 居間の窓辺に置かれた小さな机に向かっている。音楽は、キース・ジャレットのピアノソロ。かなり以前から、YouTubeで「マイソング」のいくつかのバリエーションを聴くようになった。自分の中のいろいろな状況に応じて、この曲との接点が多くある。

 ついでだが、コルトレーンの「コートにすみれを」もそれに近い。短い演奏だから、本当に聴こうとする時はリピートしたりして聴く。

 今朝は薄く雪が積もった。一年前はとんでもない雪の量だったが、今年の冬は今のところまだおとなしい。大阪にも雪が降ったという連絡が来ていたが、楽しそうにそういう話が出ている間はいいのだ。

 窓から日差しが入ってきている。雪があるせいで、外の明るさが気持ちいい。冬の楽しみのひとつが、こういう光景だ。陽を受けた雪面は、かすかにだが、昔見ていた雪山のすばらしさを思い起こさせてくれる。世の中が春だ花見だと騒ぎ始めても、敢えて残雪を求めて行動していた頃のことも、ちょっとだけ思い出させてくれる。子供のようだと言われた。

 あらためて… 冬ののどかな晴れ間なのである。

 1月は明治大学ラグビー部の復活がすべてであった。この喜びは一年間の支えになる。今年も新チームの動向を追い、またどこかのテストマッチなんかを観戦に行くだろう。今年は夏の菅平に出かけてみたいと思う。懐かしい “ラガー麺” もまた食いたいし。

 話は戻るが、1月2日の大学選手権準決勝で、対抗戦で負けた早稲田に雪辱し、12日の決勝で天理に勝った。昨年と違い、今年はテレビでの応援しかできなかった。そのことは予測できていたので、昨年末の準々決勝は大阪まで応援に行った。

 ときどき小雨が落ちてくる長居のスタジアムだったが、なんとか試合開始ぎりぎりに到着し、選手たちの躍動を目に焼き付けてきた。隣にいたボクよりもかなり若いOBの熱い声援のせいで、こちらとしてはかなりクールに試合を見ていたような気がした。

9番はスクラムハーフ、キャプテン福田クン。
一年間ずっとカバンに付けてきた。

 ワールドカップの年だろうが何だろうが、こうして毎年ラグビーに熱を上げるようになってから45年ほどが過ぎていることを今年再認識したような気がする。そして、これは死ぬまで続くのだろうとも確信をもって思っている。

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 平成最後の年であるという話をさんざん聞かされている。

 これからまだまださまざまに会合が予定されていて、たぶん、いや間違いなく、多くの人がこの話を持ち出すことだろう。仕方がないことだと聞き流すことにしている。

 昭和が終わる時、正確に言うと、昭和が終わるかもしれないといった状況にあった時だが、金沢である大きなイベントに関わっていた。それなりに責任のあるポジションにもいたせいで、イベントの開催中にこうした事態になったらどう対処するか…… という対策を考えさせられた。その時は、年号が変わるということではなく、天皇にもしものことが…… という視点であったのだが、非常に高い緊張を強いられたことを覚えている。

 その点、平成が終わるというのはとても平和な感じだ。新しい年号を期待するという動きにもそれを感じる。

 外の日差しが弱くなってきたなと思っていたら、もう全く消えてなくなってしまった。

 やはり、このあたりの冬はこんなものなんだろうと思うしかない。温もりも一気に消えて、再びエアコンのスイッチを入れる。

 キースのソロも、1976年の日本ツアー「サンベアコンサート」の中の京都での演奏に変わった。

 このツアーは、東京NHKホールでのソロコンサートを聴いている。若いボクにとっては、演奏そのものに特別すごい印象はなかった。あの大きなステージの中央で、キースが苦悩しているようにさえ見えた。あれ以降、小さな空間で聴くソロピアノのよさが、自分の基準になっていったと思う。

 もう昼に近い。今年最初で、久しぶりの雑文書きだった……


「1月 書き始め」への1件のフィードバック

  1. 筆力を感じる文章です。最後の一行は 珠玉 です。

    失礼します。

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