10月のミイラの肖像画と仏像について


 部屋の床に、本が一冊落ちていた。鋭い朝の光が、斜めに並んだ二つの小さな窓から差し込み、瞬間的にミステリーの始まりを予感させる……かと妄想したが、妄想は2秒ほどで終わった。見ると、据え付けのテーブル板に不安定なカタチで積まれていた本の中の一冊だったということが、すぐに分かった。何かの拍子に滑り落ちたのだろう。

 取り上げ、表紙を見た。そして思わず、「すみません」と、もちろん口には出さず、カラダの中のどこか(多分胸のあたりだったのでは)で呟いた。つまり、その本に謝ったのだ。仏像の写真が装丁に使われていたからだろう

 それまで一応目の付くところに置いてあったのだが、特に意識はしていなかったようだ。しかし、床に落としてしまうと、その存在(の大きさ)がはっきりと戻ってくる。

 あらためて見てみると、表紙にあったのは薬師寺の聖観世音菩薩立像だ。国宝である。数年前の展覧会で実際にあの美しい姿を見た記憶もあった。

 しかし、咄嗟に謝ったりするところは我ながら信心深く、清楚な気持ちの表れだったのだろうかと思う。ついでに言うと、自室の据え付けテーブルの正面壁には、宇治平等院の国宝「雲中供養菩薩」という横笛を吹く仏像の写真が置いてある。平等院で買ったカードだが、ジャズのエリック・ドルフィーを連想させるところが気に入っていて、ポーズがとても美しく好きである……

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 ところで、本題のタイトルにある写真だが、今年のルーブル美術館展のカレンダーに掲載されていたものである。10月のページだから今まだ現役だ。

 2世紀あたりのエジプトの女性の肖像画である。知られたことだが、古代エジプトでは死者の亡骸を、来世でまた生を受けることを確約するためにとミイラにした。そして、板の上に描いた死者の肖像画でミイラの顔を覆っていたらしい。この絵がまさにそれだ。この時代の肖像画はかなり写実的であったらしく、そのとおりだとしたらとても美しい女性であったことが想像できる。

 ちなみに、さらに古い時代ではミイラの顔にマスクを被せていたらしいが、それほど美しくなかった女性でもそれなりにマスクの顔を美化して描いていたという。余計なお世話だが、事実だとすると、本当に美しかった女性はかわいそうだ。

 このカレンダーは会社の部屋の壁、しかもボクの左側頭部から1m足らずしか離れていないところに太く長いピンで留められてある。

 それまで、つまり1月から9月までもあまり注意深く見ることはなかったが、この写真が出てきた10月に入っても、大した意識などせずカレンダーとしての数字ばかり見ていた。ちなみに数字が目線にあり、写真はややその上にある。

 ところが、10月に入って数日が過ぎた頃、何かの拍子にふと目に留まった。と言っても、手の届くようなところにあるから立ち上がればすぐに目に入ってくる。立ち上がったまま電話で話をしていた。そして、その間の分ぐらいだろうか、まるで村上春樹の小説に出てくる主人公のように、ずっとボクは彼女の顔を見ていたような気がする(…まったくボクのイメージだが)。

 どれも同じだが、ボクはこの手の絵画にも詳しいわけではない。むしろカンペキに素人だ。感じるのはせいぜいで、アラブのお姫様だろうか?といった程度である。

 電話が終わったあと、あらためて下に記されている解説を読んだ。ミイラになった女性の肖像画か…… と言われてもピンとこないが、可愛らしさも含んだ顔立ちにどこか親しみを覚えた。

 それからというもの、毎朝出社すると彼女の顔を見るようになった。垂れ気味の大きな瞳はポール・マッカートニーに少し似ていると感じた。太い眉とせまい額が凛々しさや逞しさも漂わせていた。

 いつの間にか10月も半分が過ぎ、後半のさらにまた後半に入ってきた。そして、当然ながら10月はそのうち終わるのである。そう思うと、彼女の存在というか、カレンダーの中のこの顔の存在が気になり始めた。

 約1900年前に生きていた女性の顔がというよりも、その時ミイラになった女性の顔がすぐ横にあるというのはなかなか複雑だ。仕事の邪魔にはならないにしても、立ち上がったりすると必ず目が行く。気があるのかもと思われかねない。

 見慣れてきた頃から、その顔の裏側に実際にはミイラ化した女性の顔があるということを想像するようになっていた。カレンダーをめくっても11月と12月のページがあるだけだが、ミイラの方の想像はかなり具体的になった。

 ちなみに残された2カ月の写真を見てみたが、それほど期待はできそうになかった。このカレンダーは10月で十分その役割を果たすであろうと思った。

 ところで、京都や奈良などで仏像と相対する時、ボクたちは信仰の対象としてその前に立っているのだろうか? それとも美術品として、あるいは歴史的資料として捉え、その前に立っているのだろうか? その両方もあるだろう…… ふと、そんなことを考えた。

 特に展覧会などになると完全に後者のスタンスになり、ボクたちは鑑賞者になっている。もちろん鑑賞することにより、仏像のもつチカラを実感することも多い。四方から見るとか、普通ではできない相対し方でより仏像の実態を感じ取っている。

 ミイラの女性肖像画は、美術品になって今日人々の前に公開されている。普通、絵画の中のモデルとなった女性(男性もだが)たちは、画家からの申し入れなどを受け、完成後さまざまな場所で人目に触れられることを了解している(と思う)。しかし、ミイラの女性は当然、いや多分了解などしていないだろう。

 約1900年も前のことだから、そんなこと知るかとなるが、どうもボクはそのようなことにこだわりを持っているに違いない。

 勝手に公開しやがってということではなく、彼女には彼女なりの人生があって、そのことを彼女はボクたちに想像させようとしているように思える。メッセージがあるような気がしている。名前どころか素性も知らないひとりの人物の、亡骸の上に覆われた肖像画………

 ボクが日常その写真に目向けるのは、多分そうしたメッセージを感じるからだろう。ただ、美しく保存されていたからとか、描かれていた女性が美人だったからというだけではない(…ということも強調しておく必要がある)。

 そういうわけで、床に落ちた一冊の本と、10月のカレンダーに現れた一枚の写真から発展した話だ。残された数日間、彼女の人生について考えて(想像)みようと思っているのだが………

 

 


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