しっかり者のやさしさに会った
懐かしい人に会った。Kさんだ。何年ぶりだろうか。おそらく7,8年は会っていないだろう。それ以前は、ちょくちょく顔を合わす機会があり、他愛無い、日常の会話を繰り返していた。久しぶりに見たKさんは、子供たちを前にして本の読み聞かせをしていた。ボクは何気に子供たちの輪の外側の、さらにその奥に立ち、なるべく目立たないようにしていた。読んでいるものが、いったい何というお話なのか、知る由もなかった。
読み聞かせが終わると、拍手がおこり、Kさんは椅子から腰を上げ、照れ臭そうににっこり笑って会釈した。そして係りの人と、二言三言交わすと、すぐにボクの方に歩いてきた。
こんにちは、久しぶりやね。Kさんが、さっきまでのトーンとは違う、本来の地声でボクに声をかけてくる。なんだか、子供たちに語りかける声よりも、終わった後の声の方が子供っぽく聞こえた。ボクも一応にこりと笑い返し、びっくりしたなあと、とぼけた口調で答えると、Kさんはまた照れ臭そうに笑って、もう三年くらいやっとるげん…と言った。
ふーん、なかなかうまかったもんね。声も向いてるんじゃないの。ボクはそう言いながら、いい加減なことを言ったかな、と、ちょっと悔やんだりもした。
Kさんと近くにあったソファに座り、15分ほどだろうか、話す時間があった。Kさんは、額にちょっと汗を光らせ、ハンカチで顔を煽ぎながら、時々、そのハンカチで首筋を拭いたりしていた。そういえば、今日は暑い日なんだなと、ボクもあらためて思ったりした。
最近のボクは、ちょっと元気がない部類に入っているのだが、Kさんは元気だ。少なくとも、元気がある部類の真ん中のちょっと横あたりにいる。ボクと同い年で、とにかくひたすら明快なのだ。
Kさんは、おもむろに携帯の中にある息子さんの写真を見せてくれた。彼、頑張っとるげんね、だから私も頑張らないと、と無邪気に言う。彼が、自分のすべてみたいな雰囲気が伝わってくる。彼は、27歳になっていた。6歳か7歳の時に一度見たことはあったが、当然、ボクの目には面影なんぞあるわけもない。ただ、表情の凛々しさは、Kさん譲りだなあと納得させられた。大阪の有名大学を出て、川崎にある米国系の大手企業で、なんだか難しい研究型の仕事をしているらしい。具体的なことを聞こうとしたが、聞いてもなんも分からんげ、とKさんはただ、にこにこしているだけだった。Kさんもなかなかの人なのだが、はっきり言って文化系の人で、理科系はチンプンカンプンなのだ…
Kさんと話していくうちに、ボクがいつも感じていた、“真っ直ぐな明るさ”みたいなものが、甦(よみがえ)ってきた。Kさんは、いつもそうだ。“しっかり者のやさしさ”を持っている。周囲の人たちに不快感を与えないように気を配れる人だ。言葉を大切にして、できるだけやさしく語りかけてくれる。
だからこそ、読み聞かせもこなせるのだろうし、その姿勢が、Kさんを周囲から認められる“やさしい人”に仕立て上げているのだろう。おもてなしと言う言葉が、最近やたらと流行っているが、言葉や仕草そのものから、そういった雰囲気を出せる人は少ない。
短い時間の中で、ボクとKさんは、いろいろな話をした。まったく関連性などない、ボクの仕事の話とKさんの仕事の話。今でも超健在だというKさんのお母さんの話から、尊敬していたが、早くに亡くなった父親の話になり、Kさんは声のトーンを落とした。ボクの本の話は、先入観もちたくないからと封印させられた。
Kさんは、20代の終わりに大きな決断をして人生の方向性を変えてしまった人だ。その決断には、相当の覚悟と諦めと、そして開き直りがあったことは知っている。本人いわく、夢も希望も全くなくなったらしいが、しっかり者として漂わせる凛々しさがその決断を生んだのだなと、ボクは納得していた。しかし、Kさんは、私のことはいいわいねと、やさしい目で笑うが、その目の奥にあるものは、まだ生きているのだ。
Kさんには敵(かな)わないなあ。Kさんと話していると、なんでこんな話をしてるんだろうという、疑問すら湧いてこないから不思議だ。
N居クンの小説、これからバッチリ読ませてもらうね。楽しみやな。でも今、そんなに時間ある方じゃないから、ちょっと時間かかるかもしれん。感想はしばらく待っとってよ…
はい、ごゆっくりどうぞ。ボクはそう答えるだけで、ただただKさんには、やはり敵わないなあと思うばかりだった……
ひょっとして、この方って、ヒトビトに書かれていた、
山で涙を流した人でしょうか?
何号か忘れましたが、たぶん8号?
冒頭の短いエッセイに書かれていた人とだぶりますね?
あの文章もすごい好きで、詳しい背景は知らなくても、
胸にジーンとくるものがありました。
ほんとに山の世界ってすごいんだろうなあって、思いましたよ。
それにしても、人生はいろいろですね。みなさん、頑張ってるんですね。
ナカイさんもいろいろな人生を知っているみたいで、
だからこそ、ヒトビトやってたんか・・・・
私もボーッとしてられないなあ。