風邪の日の雑想と宮本常一


二月に入ったばかり、そのアタマから不覚にも風邪の餌食になってしまい、三十九度の熱を出してしまった。

そのために仕事にも行けず、自宅で隠遁中なのである。で、ハッキリ言ってヒマ…

朝、九時から始まる近くのC谷医院に三十分前から押しかけて、ひょっとすると、あのインフル…なんとかというやつではないかと先生に迫ったが、朝になって熱が三十七度後半にまで下がっているから、今のところ陰性とのことだった。

もちろん、鼻の穴にあの奇妙で怪しい物体が入れられ、なかなか鼻出んなあ~と、入れたり出したり数回往復させられたが、とにかくあの物体には参った。涙が滲んで仕方なかったのだ。

それにしても、今のところとはどういう意味なのか?

なんでも、また三十八度を超えるようになったら、すぐ来なさいと言う。再検査で、陽性になることもよくあるのだと。

実は、その一週間前にも腸炎を起こして先生に診てもらったばかりで、その時も風邪から来てるなと言われていた。

それに、風邪には全くもって完璧に縁のない存在だと思っていた、N良野マキ女史も先日それらしき魔物に取りつかれたという噂もあった……

ところで今回も思ったのだが、先生はここのところ見ていると、あまりヒゲをきれいに剃っていない。

面倒臭がりなのだろうか? こちらとしてはそういう先生の方が親しみがあっていいのだが…

薬をもらって医院を出たのが、十時少し前、凍結した路面に気をかけながらクルマを運転し、家に戻った。

すぐに横になる気にもなれず、ジョン・アバークロンビーの「OPEN LAND」を流しながら、宮本常一著「山に生きる人々」を読む。

何を聴こうかと迷ったが、何となくこういう時は、アバークロンビーになることが多い。なぜなのかは、自分でもよく分からない。

医院の駐車場や、待合室でも「山に生きる人々」は読んでいた。この本は、実に今のボクの心を捉えている。

企画屋兼野外活動家兼南米音楽及びジャズ愛好家である、友人のA立クンなどは、

「今までナカイさんが、宮本常一を読んでいなかったというのが不思議でありますナ…」

と、太い首をやや斜めにかしげたくらいに、ボクにとっては興味深い存在であったのだが、とにかく読むべく本が山ほどあった時代に、宮本さんにまでは手が伸びなかったということだ。

で、何がボクの心をつかんでいるかなのだが、それはひとことで言って、素朴な実録であることだろう。

当たり前と言えば、当たり前だが、やはり自身の足で全国を歩き取材してきた話は、ドラマチックで想像をかきたてる。

それに一九六四年に刊行されたという、この本の歴史性も惹かれる。

二十代から三十代の頃、異様なほど関心を持っていた旅紀行の読み物も思い出す。

その頃ボクは、司馬遼太郎の「街道をゆく」や、NHK出版局の「新日本紀行」「知られざる古代」などのシミジミ紀行モノから、椎名誠らに代表されるドタバタ紀行モノにいたるまで、何でも手当たり次第に読み耽っていた。

上高地の話でも書いたが、そんな中でも、山で暮らす人たちの歴史や生活には、なぜか強く興味が湧いた。もちろん現代においても、山里の風景には不思議と心が惹かれる。

 

しばらく鼻水の垂れるのも忘れて没頭していると、屋根雪の落ちる音で我に帰った。

うちの屋根は、このあたり半径五キロ周囲の中でも有数の勾配かも知れないので、雪が落ちる勢いもかなり激しかったりする。

今日は、太平洋側でも積雪があったとか。

それにしても、東京に雪が降った時には、民放テレビの朝の番組はほとんど首都圏の鉄道の遅れや、路面凍結などで時間を割いていた。

上越や東北の豪雪についても、ぬくぬくとしたスタジオの中で、アアだコウだと軽薄なことをコメンテーターたち が話している。

震災の時もそうだったが、なんかシックリこない。

 

しばらく風邪ひきオトッつァんであることを忘れていた。何となく、朦朧としてきてもいる。

C谷先生は、鼻はあまり出とらんなあ~と言っていたが、ボクにとっては、これだけ鼻水を意識するのはめずらしいのだ。

コーヒーでも飲むかと立ち上がると、加湿器が朝から気合を入れて頑張っていた……

 


「風邪の日の雑想と宮本常一」への1件のフィードバック

  1. あらあら、風邪ですか?
    気を付けていないと、すぐにやられるのが今の風邪です。
    ごゆっくり静養のほど。

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