金沢城石垣回廊のこと


 土曜の昼過ぎ、駅前のホテルで会合に出たあと、街中の方へと向かう。

 最終的にめざすのは金沢城公園の「石垣回廊」。

 数日前にクルマの中から眺めて、何だか久しぶりに歩きたくなった。

 特に尾山神社側の鼠多門あたりのきれいになったところには、ゆっくりと足を踏み入れていないと思っていて、何となく消化不良気味だったのだ。

 クルマを会社の駐車場に止め、外へ出てから、上着を脱ぎ、ネクタイを外した。

 本当はシャツもズボンも靴もすべて変えたいが、そうはいかない。

 もうすぐ11月だというのに空気は暖かかった。

 用意してきたカメラを手に、金沢城公園へと歩く。

 市街地ではできるだけ裏通りを歩いて、特に仕事関係の人とは顔を合わさないように速足で行く。

 香林坊で裏に抜け、中央公園に辿り着けば、こっちのものだ。

 先日、中央公園を通った時には薄曇りで、何だか寒々しかったが、今日は陽だまりがくっきりと映えて、木の幹や地面がところどころで光り輝いて見える。

 二人の少女がけたたましく笑いながら、走りまわっている。

 よく見ていると、枯葉が枝から落ちてくるのを待っていて、落ちてきたのを見つけると、ワァーと駆け出した。

 その様子が天真爛漫でテンションを最高に上げてくれた。

 中央公園を出て、金沢城公園の方向へと向かうと、石垣がぼちぼち見え始める。

 尾山神社の裏側に出て、右手に石垣を見上げながら歩く。

 この辺りはきれいに掘り起こされ、整備されていて、以前よりは見違えるほどきれいになった。

 崩れかけていた石垣も補修され、安心して通れる。

 クルミの木が石垣の下の法面から突き出していて、歩道にクルミの実の皮だけが落ちている。

 こんなところでクルミを拾っていけるなんて、街中にも自然はあるのだなと改めて感心していると、コツンいう音がして、振り返ると新しい実が一個落ちていた。

 すぐに通りすがりの若い二人連れが見つけて、男の方が足で皮をむこうとしている。

 こっちはあきらめる。

 いもり掘の方からは石段を上り、二層になった一段上の道に出る。

 ここから見る「しいのき迎賓館」の姿は美しい。旧県庁の裏側だが、ガラス張りになっていて現代的な雰囲気だ。手前の芝の広場とともに、実に上品なのだ。

 そして、反対側から眺める雰囲気はもっといい。

 城下ではいちばんの広々とした感があって、背景の石垣が壮観だ。

 その雰囲気は、金沢でも絶品だと思っている。

 何年も前に、世界遺産になった後の姫路城を見に行ったが、今から思えば、この金沢城の石垣の方が重みを感じる。

 城址というイメージや、森のイメージも重なって、金沢城の方が凄いと思っている。

 金沢城の石垣は、“石垣の博物館”と呼ばれるように、さまざまな組み方などを学習できるのだそうだ。

 公園整備中のサイン計画で、その専門的な解説文などをよく読んだ。

 石にはさまざまな彫り文字や印がある。

 石垣を見上げていると、それがよく目に付き、卍などの記号は特によく見る。

 余談だが、かつて尾山神社の山門の下から横に広がる低い石垣の石段には、墓石なども使われていたといったことを聞かされた。

 事実かどうかは知らないが、上ってみると、まんざら嘘でもないような気がしていた。

 そんなことはどうでもいいが、この石垣回廊はとにかく素晴らしくいい風情を持っているのだ。

 自分だけの感覚だから、ほとんどあてにならないが、茶屋街なんぞよりもはるかに優れた文化遺産的匂いを醸し出していると思っている。

 金沢が世界遺産を目指すなら、この石垣回廊をもっともっと広く知ってもらい、その価値を高めることが先決ではあるまいかとさえ思う。

 兼六園周辺文化ゾーンだったかという概念があったが、根本的に面的な魅力づくりなど何も出来ていないような気がするのだ。

 そろそろ21世紀美術館にも馴れてきたし、原点回帰的に石垣を特化させるのも手だ。

 さっき書いた「しいのき迎賓館」の裏側からの広がりを有効に使い、金沢城公園の石垣の壮観さをより強力に伝え、さらにアクセスさせる……

 それくらいの面的な魅力を演出する仕掛けがほしいのだが……

 回廊で多くの人と擦れ違った。

 その数は土曜日とは言え、少なくともボクには驚くほどの数だった。

 ラテン系やヨーロッパ系の若いカップルや、日本人の親子連れ、カメラガールの女子、さらに同じくカップル、学生のグループ、そして場馴れした感じの普段着姿の老夫婦などがいた。

 そして、そんな中で独り旅らしい若者と出会った。

 若者というよりも青年と呼ぶ方が似合っているかも知れない。

 ちょっと、一昔前の雰囲気をもった凛々しくてイケメンな、いやハンサムな青年だった。

 青年はすらりと伸びた体を少しのけ反らせ、腕を組み、石垣をじっと見上げていた。

「旅行?」と、聞いたことから会話が始まったが、青年の、

「ここは凄いです。深いです」

 という言葉で、すべての会話が途絶えた。いや、意味を失った。

 それだけ、その言葉には重みを感じた。

「やるな、青年…」

 心の中で、そう呟いていた。

 いい気分で、石段を下り、いもり堀の奥行き感を味わう。そして、身の程知らず的に思った。

 このあたりは石川県が管理している。管理は県でいいが、石垣回廊を含めた周辺全体は金沢市が企画を練るべきではないかと。

 少なくとも、ここは金沢市だ。金沢の戦略でコトを起こす方がいい……と?

 そんなむずかしい話もほどほどにして中央公園に戻って来ると、四高記念館の裏側のレンガ壁を背景に、美しい黄葉の枝が映えていたのだった……


「金沢城石垣回廊のこと」への1件のフィードバック

  1. じっくり、読みダメさせていただいてます。
    最近また、あらためて読みごたえを感じてます。
    ペースも前に戻ったみたいですね。
    では、次作を待ってます…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です