朝の珈琲屋さんにて


 雪の影響を心配して、早めに金沢駅まで来たが、電車はダイヤどおりに走っているとのこと。

 数年前には、東京に四時頃着の予定で金沢を出た電車が、夜の十時頃やっと着いたということもあり、そうなってからでは遅いのである。

 どこかにコーヒーが飲める店はないかと、心当たりを探っていくと、やはりあった。

 なんだかんだと、時々お世話になっているその店は、他の店はまだ開いてないのにやっている。多分、商売上手で熱心なオーナーの店なのだろうと納得しつつ、ブレンドコーヒーを注文。

 特に際立った特徴があるわけではないが、ボクにとっては何となく落ち着ける。それに、特に際立つ必要もないのかも知れないとも思う。

 電車の時刻までは、一時間弱ある。

 カバンのポケットから、ヤマケイのスペシャルブックカバー(大袈裟だ)に包まれた文庫本を取り出す。

 中身は、またしても出張の友にして持ってきた伊集院静氏のエッセイ集『ねむりねこ』だ。

 昨夜、積まれたままの蔵書の中から、何を持って行こうかと十五分ほど迷い、やはりという感じでこの本をさっきのブックカバーに包み直しカバンに入れた。

 もう一冊候補に上がったのは、椎名誠氏の『かえる場所』だったが、前者の方が短編集である点で有利だと判断した。

 しかし、双方とも朝の読み物としては、何というか少し、いやかなり重い感じがしないでもない。ちょっと切なく人生経験豊かな二人のエッセイを、モーニングコーヒーを飲みながら読み流すというのは、真意に沿わない。

 ただ、そんなむずかしいことを考えていても始まらないので、とにかく無作為に読み始める。

 あっという間に、三話ほどを読み終えると、真意に沿わないと言っておきながらの没頭読みにちょっと驚き、少し目を止めて、コーヒーカップに手を伸ばす。

 このまま読み進んでは、何だかいけないような気になってくる。

 この手の話は、夜のホテルや黄昏時か夜更けの静かな店、さらに帰りの電車の中などで読むのが正しいのだ。これまでもそうしてきた。

 それを朝から読んでいてはいけない。

 これから東京で仕事が待っているのに、椿は、花が落ちた後の姿がはかないから、花よりも葉の方が好きだとか、毎晩のように酒に明け暮れている…などといった話を読み耽っていてはいけないのだ。

 店の中を見渡してみた。いつの間にか、横の横の席には女子高生のような制服を着た女の子が座っている。

 学校はどうしたのだろうなどと、余計なお世話的雑念がアタマをよぎるが、深く考えないことにする。

 目の前の石風タイル貼りの柱を見上げると、三枚の額がかかっていた。中はよく見えないが、写真の切り抜きみたいな感じがする。なかなかいいレイアウトでもある。

 朝日が差し込んでもいる。その陽の当たり具合もいい感じで目にさわやかなのだ。

 朝の喫茶店に入り、いきなり本を読んで時間をつぶすというのは久しぶりだ。

 こんな時間がいいのだと、何だか妙に嬉しくなった……


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