信号無視ではなく、軽視だった


 いい歳をして、信号無視で捕まった。

 ゆっくり走っているダンプカーの後方にいて、信号が黄色になると思ったところで加速して付いていったのだが、すぐそこに警察官が立っていた。

 そしてその彼は、信号が赤なのに交差点へ侵入してきたと判断した。

 ゴールドの免許証を持つ清く正しいドライバーで通してきたが、一度に前科者、世の中のあぶれ者となってしまった。

 たしかに彼の判断は正しかったのかも知れない。しかし、彼や彼の同僚たちは、全くこちらの事情を聴き取ろうとせず、一刀両断に罪人にしていく。

 「信号無視!」

 どこからか大きな声がした。

 待ってくれ。こっちは信号無視なんかしていない。

 途中まではっきりと信号は見ていて、最後も見ようとしたが、ダンプのすぐ後ろだったので見にくかった。無視なんてとんでもない。

 もちろん、そんな言い分は聞いてもらえるとも思っていない。

 せいぜいで、仕事の約束時間を10分ほど過ぎていたという状況に同情だけはしてくれた。

 「最近、死亡事故がとても増えておりまして、取り締まりも厳しくなってるんです」と、若い真面目そうな警官が言う。

 しかし、同情はあくまでも同情。罰金が二割引きとかポイントが三倍付くとかではない。

 若い警官の同情に慰められているわけにもいかず、諸々の手続きを済ませると、当然だがすぐにその場を離れた。

 激しく自虐的になりつつ運転に戻ると、不意にあることがアタマに浮かぶ。

 それは、かつてコント・レオナルドという、文字どおりの名コント・コンビがあって、彼らのネタに「信号無視」を題材にしたものがあったということだった。

 このコンビは、今は亡きレオナルド熊と、現在役者として渋い脇役をこなす石倉三郎との絶妙なやりとりが人気を博していた。

 ボクが好きだったのは、おまわりと運転手のやりとりという定番的なネタで、その中に信号無視した運転手(熊)と警官(石倉)とが押し問答するシーンがあった。

 「今、信号無視したでしょ?」

 「なにィ? 俺は信号無視なんかしてないよ」

 「だって、今、信号無視したじゃないか」

 「俺は信号無視はしてない。信号はちゃんと見ていた」

 「だったら、余計悪いじゃないか」

 このようなやりとりが続くのだが、レオナルド・熊のとぼけた演技が堪らなく笑えて素晴らしかったのだ。

 心が少し和らいだ。それから、ボクはしみじみと今回の不祥事について考え始めた。

 レオナルド・熊が演じた運転手とは違うが、自分も信号無視はしていなかった。

 だが、ちょっと甘く見ていたのかも知れない。

 強いて言えば、信号無視ではなく、信号軽視だったのだ。

 信号のやつ、もう少し黄色で待ってくれているだろうと勝手に解釈し、その分気持ちを大きくしていたのかも知れない。

 ニンゲン、どこでどうなるか分からない。自分は特別無茶な運転をするドライバーではないし、それどころか、どちらかと言えばおとなしい方に位置付けられると思ってきた。

 しかし、これからは初心に戻り、正しく“更生の道”を歩もうと思う。

 社会のルールというやつは、そんなに甘くはないのだ……


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