🖋 夏の朝の、記憶のひとコマ


朝靄の田園

同じ季節の風景を一年ごとに見ている。それは日常がそこにあるからだ。

しかし、非日常の場所では、三年前は晩秋の風景だったが、今年は初夏の風景だということがある。

以前は夕暮れどきだったが、今年は朝方だということだってある。

当たり前だが、風景はそうしたカタチで違った空気を漂わせる。

夏の朝が特に好きだということについて気が付いたのは、二十代の中頃だ。

夏になると八ヶ岳山麓に出かけていた。

特に朝の風景を意識しはじめたのはその頃からにちがいない。


ある時、それまでになかった新しい感覚に気が付く。

小さな湖の畔だ。夏草が露に光っていたり、水面に朝日が反射したりしていることが、より新鮮に見える瞬間があった。

木立に差し込む朝の陽の光も、森や林の空気をより純粋なものにしていた。

すでに本格的な山行にも出かけはじめていたが、少しずつ研ぎ澄まされていく自然への思いがそうさせていたのかもしれない。

それ以降の山への傾倒が、そのことを裏付けている。


これまでに、いろいろな場所でいろいろな夏の朝を見てきた。

遠出をすれば出立は未明や早朝になる。だから始動する朝の風景は当たり前のものだった。

山里の道沿いに続く石垣の上に、ラジオ体操を終えた少年たちが並んで座り、皆で漫画を読んでいる風景が好きだった。

夏の朝のもっとも生き生きとした風景……、そう感じ取っていたような気がする。

だからその方面へ出かける時には、その時間に合わせてクルマを走らせた。

そして、その場所を過ぎたあと、河原に下りて母が作ってくれたおにぎりを食べるのが一時期の定番だったのだ…………。


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