ガムとインフルエンザ


ガム

ガムについて考えたのは、インフルエンザが流行し始めたぞというニュースが、会社内に流れた日の夜のことだ。

社内に感染患者が数名発生し、予防に関する情報が各自のパソコンに送られていた。

その中のたくさんの項目の中に、“ガムを噛む、飴を舐めて口に潤いを!”とあった。

ガムがこのような効能を持っているということについては、実はずっと前から知っていたのだが、実際にこうして公式(?)な文書として出ているのを見ると嬉しくなった。

自分の場合、知っていたというより経験していたという方が正しく、そのこと自体の精度の高さについてもかなり自信を持っていたのだ。

しかし、そのことは(少なくとも周辺では)なかなか信じてもらえなかった。

ガムには何と言っても虫歯のモトだとか、所詮、二日酔いの朝の臭い消し(特にニンニク対策)といった偏見があり、潤いという言葉との関連性を受け入れるのは難しかったのかも知れない。

 

自分には、春頃になると軽い喘息のような症状が訪れる。

花粉症みたいなものだが、お医者さんからもお墨付きをもらった“れっきとした持病”らしく、かなり長いこと欝な思いをしていた時があった。

よくある目を充血させ、カラダを捩じりながら烈しく咳き込むというのとは違うが、ただ風邪を引いて咳が出始めると、ダラダラと続くということがあるのだ。

乾燥してくるとテキメンであった。

だから、根本的に喉にはそれなりの注意を払ってもきた。

とにかく咳が出ない状況を維持していくことが肝心だった。

そして、そんな中で発見したのがガムの効能だ。

口とか咽を潤すというと、誰もが水やお茶を飲むと考えるだろう。

しかし、本当にムズムズが昂じてくると、たった一秒か二秒くらいの快感ではすまなくなる。

ずっと、その快感(と言っても普通のことだが)が継続的であってほしいという強い欲求が生まれる。

そんな時、ふとガムを噛もうと思った。

ガムを噛んでいれば唾液が出る。

その唾液を定期的に喉の方へと送る。

この場合のガムはキシリトールである。

ついでに書くと、ボクの場合は、ガムに味はなくてもいい。

かつて最初から味のないガムが存在していたが、ボクはそういうのが気に入っていた。

今もあるのだろうか?

キシリトールガムにも、本当は味は要らない。

 

この唾液が喉を通っていくことだけで、ボクの咳はほとんどカンペキに出鼻をくじかれていた。

もちろん喉が真っ赤に腫れてしまっている時などはむずかしいが、たとえば朝クルマの中で、小さなガム一個を口に放り込むだけで、起き始めの頃から気にしていたムズムズ(イガイガとも言う)感は見事に消え去った。

さらに、いい意味の副作用もあり、唾液が送られた胃はその活動を活発にし、昼飯を美味しくしてくれたりもした(ようだ)。

こうして、ガムとの信頼関係は深く結ばれていったのである。

今もバッグの中やクルマの中にガムがある。

 

ところで、ガムと一緒に取り上げられていた飴についてだが……

まず、飴にはそれほど期待していない。

やはり飴はどうしても甘すぎる。

あの甘さは、本気でないように思えて信用できない。

あの甘味で喉をやさしく包み込んでいるかのごとき印象を持つが、喉自身を錯覚させているように思えるだけだ。

その点、ガムには唾液を出すという重要な働きをしながら、なんとか噛み手の役に立とうという姿勢が見えたりするのである。

そういうわけで、とにかくやはり、何と言うか…

“喉にはガム派”なのであった………


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です