わが家の 妙に気になる木


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我が家周辺における近年の夏は、ただ暑いだけで、どこか今一つ情緒的なものに欠けているなと思っていた。

そんなことを思ってしまっている自分自身にも原因はあったのだろうが、やはり何となく我が家周辺には無機質な夏しかなくなったと感じていた。

そして、その原因が分かった。

蝉の鳴き声が聞けなくなっていたのだ(……鳴いていたのに気が付いていなかったのかもしれないのだが)。

そんなある暑い日の午後、外出から帰ってきた時に、我が家の周辺で蝉が鳴いているのを聞いた。

そして、小さな花壇に水を撒くため夕方外へ出たときには、その声が、かなり鮮明に(例えばデジタル音的に)耳に届いてきた。

かつて、家の背後の斜面はニセアカシアだらけの林だった……

そこにはキジの親子が時折姿を見せたりもし、夏になれば蝉などは当たり前のように鳴き声を響かせていた。

そして、その林が整理されて、ただの美しい斜面と化してからは、蝉たちも止まる木を失い、それも当然のようにして遠ざかっていったのだ。

 

この家を建てた直後(約二十年前)、今は亡き義父が庭からサツキを植え替えにやってきてくれた。

何もなかった空き地がそれらしく彩られると、こちらもその気になってプランターで花を育てるなど、これまでの人生では考えられなかったような行動に出ていた。

ある時、植えられたサツキの間から、まったく別な木が伸びているのを見つけた。

全く異質な葉をつけるその木は、違和感をもたせるに十分だった。

しかし、その木はみるみるうちに大きくなっていった。

「ジャックと豆の木」の話があるが、子供の頃、あれを読んで、そんなバカなと思ったりしたことを思い出したくらいだった。

膝上くらいしかないサツキは、アッと言う間に追い抜かれてしまった。

妙な木2

最初は細くすべすべで緑色だった幹の部分が、少しずつホンモノの(?)木のような質感で変形していく。

これも自然界と言うか、植物界における摂理のひとつなのかと不思議な思いで見ていたが、さらにグングンと大きくなっていくのを見ていると、なんだか気持ち悪くもなってくる。

そして、一階の窓を覆うようになり、目隠しやら日陰になっていいかなと思っていたら、いつの間にか二階の屋根に届くようにもなっていた。

二十年の歳月の中で、十倍以上の成長をとげてきた。

 

そして、今年になって気が付いたが、その木に蝉たちがやって来てくれることになっていたのだ。

数年前、緑の葉っぱが青虫に喰い尽されそうになったこともあったが、殺虫剤(たしか家にあったキンチョールだったと思う)をまき散らし、地面を青虫の死骸だらけにしたこともあった。

葉っぱはすぐに回復していった。

そして今や、この木は我が家のシンボルツリーと言ってもいいほどに存在感を示している。

実は、この木の幹のすぐ横には、また別な木が伸びている。

なんとも不思議な生命力を持つ木々たちが、我が家の脇で共生生活を送っているのだ。

もう一本の木は細いが、幹は美しく白く、まっすぐに伸びようとしている。

絡まれる枝たちの中で、姿勢を正そうと懸命になっている。

いずれ、その木は別な場所に移してやりたいと思っているが、今のところ予定はない。

木の名前も知らない。ここでも敢えて調べようとも思っていない。

ただ、蝉の声を取り戻してくれたこの木に、とりあえず感謝なのである………

 

今日も水をまきながら、時折、その水を空に向けている。

緑の葉っぱたちに、少しでも涼んでもらおうと、愚かなことをしている………

妙な木1


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