白山麓~ 白峰の想い出話


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かつて白山麓には一つの町と五つの村があり、最も奥にあったのが白峰村で、その手前が尾口村であった。

そして、そのあたりは山麓というよりは、もう山域の奥深くに入ったような場所で独特の空気感を持っていた。

もちろんその空気感は今も変わらないが、白山市という、ごくごく普通の地名の中に吸収されてしまってからは、以前のような特異性を感じなくなった気がして少し寂しい。

思い出すと懐かしい。三十年以上も前、真冬の白峰村役場を朝一番に訪れた時、開口一番に言われた(怒られた)のが、「N居さん、このあたりをなめたらダメやわ」という一言だった。

不覚にも「短い靴」を履いていた。一応、ビブラム底のゴツイやつだったのだが、役場のYさんの目には問題外の装備に映っていた。

その朝は前夜からの雪で、白峰の村には一メートルほどの新しい積雪があった。金沢を出る時にも当然雪はあったのだが、全く次元が違っていた。

Yさんが村の中の道を、雪を蹴散らすようにして歩いていく。ボクは、その後ろを雪を踏むようにして歩いていた。

その時に見たのが、二階の屋根まで伸びた、大きくて無骨な梯子だった。

多くの家が軽量なアルミ製の段梯子というのを家屋に固定していて、いつでも屋根の雪下ろしに上がれるようにしてあったが、そんな中に丸太を縦に切り分け、その間に太い鉄筋を何本も嵌めて作られた梯子を目にした。

すでに使われていないようにも見えたが、まるで家そのものを支えているように堂々としていた。

地元の山で切り出したトチの木で作られているらしいと聞いた。そんな話が雄々しさを一段と高めるような気がして、しばらくその梯子を見上げていた。

それから、この梯子の階段の部分も、昔はトチの木で作られていたなどという話を聞き、興味はますます高まっていった。

形状が上から見ると「H」の変形になるなあとか、どうでもいいようなことまで考えたりするようになり、この地域の村並づくりのサイン計画に関わった時には、この梯子の特徴をデザインに反映させたら面白いだろうなあと思ったりしていた。

白峰は、言うまでもなく白山登山のメインの入り口である。

ボクにとって、二十代の馬力だけで山を登っていた頃には白山は対象外の山だった。

初めて登ったのが春の残雪期で、その後もずっと雪のある時季だけ、それも日帰りの単独山行だったような気がする。

それから夏に二度ほど、珍しく山ビギナーを連れて登ったが、また北アルプス中心の山行へと戻っていき、そのまま白山はあまり感慨のない山になってしまった。

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話がそれたが、白峰の、特に白峰地区にはまだまだ特有の個性が残っていて、歩いていても楽しい。かつて白峰型住宅(だったと思う)と呼んで整備された家々が美しい村並の風景を作っている。

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その間に建つ寺院なども立派で、全国に広がった白山信仰の起点らしい風格がある。

家々の前に吊るされた屋号が記された札などもいいアイデアだ。

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最近ではスキー場がダメになり、総湯が移転して様子が変わったが、名物の「とちもち」は相変わらず美味い。若い頃には一パック買って、昼飯にしていた。

もう一つの名物である堅豆腐を使った「堅豆腐かつ丼」なども、新しい白峰の味になっていてかなり満足できる。

ボクとしては、特に後者が非常に気に入っているのだ。

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白峰からは、前述のとおり白山登山の入り口となる市ノ瀬・別当出合へ向かう道が伸びているが、もうひとつ福井の勝山へとつながる立派な道も通っている。

最近では高速道路を使うことが多くなってきたが、かつては勝山の平泉寺はもちろん、永平寺に行くのにもその道を利用していた。

10年以上も前だろうか、石川県の仏壇に関する仕事をさせられていた時、白峰のあるお宅を数人の調査団(?)で訪問したことがある。

そして、そこで見せていただいた仏壇の立派さに皆驚かされたが、それ以上に心を打ったのは、その仏壇をかつて勝山の里から峠(谷峠)を越え、白峰の自宅まで担いで運んできたという、信じられないような話だった。

仏壇を運んだという何代か前のご当主の写真が座敷に飾られ、その時に使った背負子も床の間に置かれてあったと記憶する。

峠を越えて村に近づくと、村人たちは道沿いに並んで読経し迎えたという話も聞いた。

強力(ごうりき)という山男たちのことを知っているが、やはり白峰の山男も凄かったのである。

あの梯子と、仏壇を背負って峠を越えてきたという男……

どこかに共通するものがあるように思う。

白峰にはさまざまな出合いがあったが、やはり「このあたりをなめたらダメやぞ」の魂が、どこかにしっかりと根ざしている、そんな気がするのだ………

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