『もう少し、夏ものがたりを…』


 

 

 8月の終わり近く、久々に立山山麓への道沿いにある鉄橋が見たくてクルマを走らせた。これからいよいよ本格的に山麓に入っていこうかという辺り、常願寺川の河原に付けられた鉄橋だ。

 いつの間にかこの鉄橋のある風景が好きになっていた。かつて、信州から八ヶ岳山麓方面に何年も通っていた頃、清里や野辺山あたりで小海線の線路を見ていると、何だか強く、夏だなあ…と感じたことがあった。小海線は日本の最も標高の高いところを走っている鉄道だ。最高駅は野辺山駅で、最高地点もその近くにあった。

 その時ボクは初めて線路から立ち上がる陽炎(かげろう)をマジマジと見た。映画のワンシーンを見ているような気分になり、真っすぐに伸びた線路に強烈なエネルギーを感じた。線路の上を歩きたくなった。そして実際にそうしてみると、靴底から伝わってくる熱が、足の裏からすぐにカラダ全体に広がっていくのが分かった。

 ボクはその時の感触が恋しくなると、この鉄橋のある場所にやって来る。八ヶ岳山麓までは遠いが、立山山麓はそれほどでもない。小さな駐車場があり、クルマを置いてぶらぶらするにもちょうどいい。その日も相変わらずの強い日差しであったが、それがまた鉄橋や線路というものに熱いエネルギーを注入しているように思わせた。ボクにとって、鉄は夏の季語なのかも知れない。

 そこからクルマでしばらく行くと、「あるぺん旅行村」の奥の原っぱに、数頭の牛たちが放たれていた。クルマを降りて、草むらの中の道をとぼとぼと歩いて行くと、牛たちがいた。牛たちも暑いのか、木陰に寄り添い、静かに午後のひと時を過ごしているかのようだった。

 この光景は、二年前だろうか、妙高高原の笹ヶ峰牧場で目にしたものと似ていた。もちろん笹ヶ峰の方が圧倒的に大スケールで、牛のデカさも比較にならないのだが、そののんびりしたムードは同じだった。笹ヶ峰は夏よりも春先の豊かな残雪のシーズンによく出かけているが、夏の光景の方が本来の姿なのだろうなあと、つくづく感じた。空の美しさ、緑の美しさ、水の美しさ、どれをとっても心の底から嬉しくなるものばかりだった。

 立山山麓は、ボクにとってかなり慣れ親しんだエリアだ。場所もそうだが、そこにいる人たちとの交流もかつては盛んだった。山の世界の人たちはもちろん、山麓でペンションを経営している人たちのところへも、よく足を運んだ。個性的な人たちが多く、楽しい時間が過ごせた。

 金沢に近くて、藩政時代で言えば、ほとんど金沢色に染まっていたと言っていいかもしれない高岡に行ってきた…のは、暑い暑いある日の昼だった。

 毎日暑いから、暑い日というだけでは特別なこととは言えなかった今年の夏。毎日暑いのだから、そんなこと話題にしなければいいのにと思っていたが、ニュースのトップはほとんど毎日「今日も暑い一日となりました…」だった。夏は暑いに決まっているのに。

 そんなことは置いといて、高岡にはよく行くが、それほど詳しいわけではない。と言うよりも、ただ漠然と行ってしまうクセ?があり、何気なく自分の行きたいところだけは確保しているといった感じなのだ。

 その日も仕事で砺波まで行く時間を活用し、高岡の古い町を見て来ようと思った。何度も見てはいるが、具体的に参考にしたいという仕事なんぞがあった時には、この目とこの足などを通して積極的に感受して来ようという気になる。高岡の古い町の再生は、この辺りではなかなかそれなりによいものだとボクは思っているし、関わってきた人たちも知っているから、その人たちのハートが分かるような気になれる。

  それにしても一時間弱歩いて、汗まみれになった。顔の鼻から上が痛い。アスファルトの上の一時間弱は、お好み焼きの鉄板の上の何分に該当するか?などと考えてはみたが、途中で考えるのもイヤになった。しかし、ボクは夏の子なんで、そんなことぐらいでは潰(つぶ)れない。積極的に歩き、蔵がモチーフになって生まれた街のパワーみたいなものを、あらためて感じ取ろうとした。

 強い日差しの中で、古い建物の黒壁がより凄みを放っているように感じた。レンガ造りの銀行は、かえって涼しそうなイメージを創り出しているのかも知れないな…とも思った。

  帰りの高速で、トイレに行った時だ。ふと用を足しながら目にしたサインが、ほのぼのとした気持ちにさせてくれた。

 暑さをもぶっ飛ばす富山弁の朴訥(ぼくとつ)さは、いつも心に沁みるのだった。

 甲州ブドウの勝沼(甲州市)から、採れたて「ピオーネ」が届き、今年もいよいよ、ブドウやワインの季節が始まるのだなあと感じたのが、九月のアタマだった。

 送り主で親友のMは、母校が久々の甲子園出場を果たしたにも関わらず、ブドウの仕事が忙しくて応援には行けなかったと言っていた。そこまでして育てたブドウだ、じっくり味わおうと気合を入れ堪能させてもらった。さすがに美しくて、うまかった。いつも申し訳ないが、買うといい値段なのだ。

 偶然というか、それからすぐに能登の穴水町で、交流している同じ山梨県の南アルプス市の特産市があり、それに出かけてきた。勝沼と同じように、美しい風景が広がる南アルプス市には合併で市になった直後、仕事でお邪魔した。秋の快晴の空の下で、澄んだ空気を腹一杯に吸い込んできた記憶がある。

 穴水での特産市はあらかじめ知っていて、特に訪問時に知り合った人たちが来ているというわけではなかったが、何となく行ってみようと考えていた。

 行ってみると、小さな会場が人でごった返していた。その人たちのお目当ては、なんと無料で配られるブドウ、それもまた「ピオーネ」だった。当然“最後尾こちら”のプラカードを持った係の人の前に入り、一房入手。なんかブドウづいているな…と、強く感じさせてくれた。

 ところで、夏の暑かったことも忘れて、秋も普通になった頃には、勝沼では甲州ブドウが一斉に実りの時期を迎える。そして、楽しみなのが甲州ワインだ。Mにゴマすっておかねば……

                                                                                                                                                                                                                                                                                                   


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