五箇山から桂湖 そしてまた出会った店


五箇山は合掌づくりだけじゃない。山間(やまあい)の豊かな自然との接点で言えば、桂(かつら)湖がいい。

桂湖へは、五箇山から白川郷へと向かう国道156号線を右手に折れ、山手の方に入っていく。しっかりとした道はあるが、意外に知られていないような気がするところだ。ボクにとっては、あまり知られてほしくないところでもある。11月中旬に出かけた時も、紅葉最盛期にも関わらず、国道とは打って変わって道は静かだった。

桂湖周辺がきれいに整備され、カヌーやキャンプの楽しめる場所として生まれ変わったのは最近のことだ。ボクもその頃に最初に来た。偶然目に入った標識に従い、そのまま山道を登った。何があるのかも全く知らなかった。

しかし、来てみて驚いた。想像をはるかにこえる美しい風景が広がっていた。ダム湖だから人口の湖なのだが、周囲の山々も美しく、歩いてみてもほどよい広がりがあった。ビジターセンターも立派だった。デッキからの眺めもよく、貸しカヌーの装備などかなり充実していると見た。

 実はここからは石川と富山の県境の山々を歩く登山道が伸びている。始めから険しくスリル満点なルートなのだが、そんなスリルよりも40分ほど歩いてみてマムシの多いのに閉口した。登山道の脇の草むらにガサガサと音がして、トカゲやマムシが次から次へと出てくる。ヘビの嫌いさでは絶対的な自信をもつ者としては、もう歩けたものではない。登山口に戻って、小屋に置いてあったノートを見たら、「マムシの多いのには参った」という意味のコメントが多く記されていた。

桂湖周辺の紅葉は黄葉も交じって果てしなく美しい。湖があるから尚更のことだが、山の木々の色や空の色がよく映える。

 夏休みなどにはオートキャンプ場がいっぱいになり、何とかのひとつ覚え的な肉焼き風景が広がったりするが、秋はそんな喧噪(けんそう)もない。奥へと足を運べば、人の姿を見ることも少なくなる。初めて来たときも静かな季節であり、歩き疲れると、ボーっと湖面や山並みを見ていたりしていたのを思い出した。

さすがに陽が当たっているところは暖かいが、木陰や山影などに入ったりすると一気に冷え込んでくる。夫婦連れだろうか、あまり山慣れしている風には見えない若いカップルが、湖を見下ろす道沿いに腰を下ろし、弁当を食べていた。脇を静かに通り過ぎる。大した靴も履いていないから、本格的な山道に入ることはやめたが、最近は熊に注意しなければならないから消極的になってしまう。

ほとんど人のいないビジターセンターの美しいトイレを借り、桂湖を後にした…

 

 国道まで戻り、もう少し足を延ばしてみようかと思った。白川郷まで行けば、美味いコーヒーにもありつけるだろう。それに白川郷にしても、ここしばらく行ってない。

大した距離でもない。そろそろ西に傾き始めた陽の具合を見ながら、アクセルをちょっと強めに踏んだ。

白川に入り、しばらく走ったあたりで、不意に見慣れたものが目に止まった。それが何だったかすぐに分からなかったが、それのあった店らしき建物がアタマに残った。2、300メートルは走っただろうか。どうしてもそれが気になった。それに美味いコーヒーが飲めるかもしれないという期待も交差する。

クルマを止め、Uターンする。しばらく戻って店の駐車場にクルマを入れた。

目に止まったものが分かったが、まだ確信は持てなかった。それよりも美味いコーヒーが飲めそうであることは間違いなかった。

 店の名は「AKARIYA」。古い蔵のような建物と民家とが一緒になった造りだった。中に入ると、和洋のアンチークな内装イメージで、手前がテーブルの並んだ喫茶、奥は個性的なクラフトなどが並ぶ小さなショップになっていた。落ち着いた雰囲気だった。母と娘といった感じの女性二人が店を切り盛りしていた。

店の中を見回し、壁に飾られていた一枚の額を見て、その中のスケッチと外で見た見慣れたものがボクの中で一致した。なんとそれはあの森秀一さんのタッチだったのだ。外で見たものとはサインの文字で、額に入っていたスケッチもボクがもう見慣れている森さんのものだった。

ボクは確信を得て、店の人にそのことを聞いた。間違いないことが分かった。しかも、ボクが森さんの知り合いだと知って驚いていた。

 後日、森さんにそのことを電話すると、白川のあたりで10軒ほどの店づくりに関わっていると話していた。そして、「それにしてもナカイさんもいろいろなとこ行ってるから、よく見つけるね」と笑っていた。

コーヒーは予想どおりの上品さで美味かった。忘れてしまったが、豆の名前とかもあれこれ話してくれた。

3、40分ほどいて店を出る頃には、もう空気も冷えてきていた。もう白川へは向かうつもりもなかった。秋も深まると、このような地域では冬支度の匂いを感じる。かつて、12月の押し詰まった頃に白川へ来たことがあるが、民宿などでは客への気遣いよりも、冬支度の方に神経が行っているように感じたことがあった。

しかし、そのとき、そのことに何の違和感ももたなかった。信州の木曽でも同じことを経験したが、やはりこういう地域の人たちの生活には、どうしてもやっておかなくてはならないことがあるのだと思った。そのことを感じ取れたことがよかったのだと思った。

店の前に立っていると、中からお母さんの方が出てきて、一礼し歩いて行った。山里の風景の中に、ゆったりと歩いていく後ろ姿が印象的だった。

また冬が来るんだなあ… そう思ってクルマのドアを開けた…


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