なんとなく 六月について


 今年も六月がやってきた。五ヶ月前に年が明けてから、長かったのか短かったのか、自分でもよくは分からないまま、とにかく今年も五月の後に六月はやってきたのだ。

 家の近くの河北潟は、穏やかに水面を揺らし始めていた。家の前の全く手入れなどしていない花壇?には、今年も黄色い花(実は名前を知らない)が咲き始めている。周辺のニセアカシアの白い花も、また来たわよとばかりに、ワンサカと房を垂れている。

 そんな中、六月早々、二日に東京、三日に長岡へと出かけた。東京はビッグサイト。長岡は近代美術館など。前者が電車で、後者は自動車。正直、六月早々疲れた。天候にも恵まれて、文句を言うと罰が当たるが、身体は正直。身体が正直に訴える分、気持ちもそれに呼応するのは自然だ。健全な肉体に、健全な精神が宿ると言われるように、疲れた肉体には、疲れた精神が宿るのだ。

 今年は、二月、三月、四月、六月と、だいたい月始めには東京に行っている。二月の、雪が舞っていた東京の夜は印象的だったが、その時の冷え具合を思えば、六月の東京は天国のような爽快さに満ちていた。ビッグサイトの周辺に吹いていた海風も気持ちよかった。

 いつ頃だったか、東京へ出張した時、恵比寿の駅前あたりを汗だくになりながら歩いていたことがあった。なかなか目的地が見つからず、アタマは“いつも以上に”ボーッとし始めていた。昼少し前になって、もうこの時間にお邪魔しても昼休みになるなあ、と思ったところで、目的地のビルの前に立っていることが分かった。少し迷ったが、思い切ってビルの中へと駆け込む。しかし、エレベーターはなかなかやって来ない。五階までだから階段で行こうかと思い立った。が、これが間違いだった。

 階段を探すのにまた時間がかかり、それを上り始めると、一旦引こうかとしていた汗が、再び吹き出し始めた。しかも、階段の途中で、運送屋さんたちが、ロッカーを移動させているところに遭遇。なかなか思うように回転できないでいる。そのうち、親方風のオトッつァんが、キレ始めてきた。壁を叩き始めた。明らかに機嫌の悪そうな目付きになり、妙な開き直り系鼻歌を響かせ始める。スタッフたちの表情もうつろになっていた。ボクはこの異様な雰囲気を前にして、しばらくその場で待たなくてはならなくなり、そのまま腕時計の針が十二時をまわっていくのを、茫然(ぼうぜん)と見ているしかない状況に追い込まれていたのだ。そして、当然だが、ボクはあきらめて階段を下りた。誰ひとり、ボクにすいませんと言うやつはいなかった。その後、どうしたかは記憶にない。

 何でもないことなのだが、ボクはこの事件?のことを鮮明に覚えている。六月だった。梅雨入り前だったか、梅雨入りした後だったか忘れたが、とにかく六月の、猛暑・酷暑で、どうしま暑(ショ)…的な日だった。

 東京の暑さは、容赦(ようしゃ)しない。地方から出てきた者には、このアスファルト熱暑が難敵で、汗を拭きながらビルの谷間を歩く試練にやられる。

 六月には、沖縄、北海道を除く、日本列島の大半が梅雨入りすることになっているが、最近の異常気象傾向などからすると、空梅雨ということも大いに考えられ、その場合、俄かに喜んでいいのかどうなのかで、いつも迷ってきた。

 当然ながら、米や野菜、その他植物などへの影響などを考えれば、雨は絶対的に必要なものであるが、われわれ一般的な人間心理からすると、雨降りより雨降らずの方がいい。雷がゴロゴロと唸っているよりは、カラスがカァーカァーと啼いている方が、まだいいのだ。ビールなども心地よく喉を流れていくし、柿の種なども湿ったりせずに、バリボリと歯ごたえよく噛める。それに洗濯物も時間がくれば乾いていてくれるし、顔のシミも日焼けで見分けしにくくしてくれる。何も言うことはないのである。

 しかし、梅雨は大概間違いなくやってくるので、このようなことに期待してしまうようなことはやめた方がいい。東北地方では、梅雨には入ったが、そのまま明けなかったということもあり、その後の秋も冬も春も、常に梅雨に付きまとわれていてはかなわない。それなりに梅雨を受け入れて、時期が来れば、さっさと追い出せばいいのだ。まあ、何とかなる。

 また話は飛ぶが、暑かった東京からの上越新幹線での帰り道、またしても?ワゴン販売のおばさんと目が合った。おばさんが、しきりにビールはいかがでしょうか?と訴えている。こちらは、そのおばさんよりも、そのすぐ横に座っているお客さんが持つ、「鳩山首相辞任…」ニュースの新聞に目が行っているのだが、どうやら、おばさんはワゴンの缶ビールに注目していると勘違いしたらしい。

 いかがですか?と、自信たっぷりにまた聞く。いや、いいです。ときっぱり断ると、ノンアルコールもありますよ。とまた促す。いや、そっちは余計いらないです。おばさんは、ハイ分かりました。と立ち去った。

 やはりこのような日は、ビールを勧めるのがワゴン販売の正道なのだろう。あれはおばさんの思いやりだったのかも知れない。そう思うと、あのおばさんの申し出を簡単に拒絶してしまった自分が、安直で無粋なケチ野郎に思えてきた。こんな日は、ノンアルコールでもいいや!と、あのマズいやつを、さも美味そうに飲んでやるべきだったのか知れない。梅雨入り間近の六月だからと言って、イラついてはいけないのだ。

 それにしても、いよいよ六月だ。と言って、それがどうした?と聞かれても困るのだが、まだまだ今年は七ヶ月も残されており、梅雨が終わると、これから先夏のはじまり!と、真夏だ!と、夏の終わりがけ?、さらに秋かな?とか、秋だぞ!とか、秋も終わりかな?とかがあり、冬かもしれん?や、冬だ! といった時季が待っている。

 まだまだ慌ただしい人もいるだろうし、ボクもなんだか不安定な心持のまま、六月を迎えてしまった。たかが六月ぐらいで、喜んだり悲しんだりするはずもないのだが、妙に六月であることがせつなかったりする。

 えっ?長岡の話はどうなったって?ううん…、途中新緑がきれいだったなあ。空も青くて、澄んでいたし。小島屋のそば付きカツ丼も、まあまあ美味かった。どこかのフードコートで歓談していた、お母さんたちの表情も、やけに活き活きしていたなあ。ちょっと元気もらったんだった。

 まあ、そんなとこかなあ……


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