写真エッセイ「雨の大原にて・・・」


 

 娘たちが京都の大学に行ったおかげ?で、ここ何年かの間に京都は行き尽くしていたと思っていた。ところが、一ヶ所だけ、はるか昔に行ったきりのところがあることを思い出した。それが、麗しの大原の里だった。

 大原には二十代の頃から何度となく来ていた。司馬遼太郎の『街道をゆく』の影響を受けて、福井の方から朽木(くつぎ)街道を下って大原に入るという渋いコースを知っていた。今では鯖街道と言って立派な道になっているらしいが、その頃はバスとすれ違うのもやっとというところがあった。途中で飯を食うようなところもほとんどなかったと思う。それがまたよかったのだが……

 朽木街道は、織田信長が越前の朝倉の軍勢に敗れて京都まで逃げ帰ったという、信長にしては屈辱の道だった。かねてから武田信玄を深く愛してしていたボクは、その話だけでも痛快な気分になり、その街道を走ることに快感さえ覚えていた。

 その街道を使って、大原や比叡山に何度も来るようになると、今度は大原を起点にした新しい道を求めた。すると、司馬遼太郎の『街道をゆく』は、すぐにまた新しい楽しみを教えてくれた。それは大原から鞍馬に抜けるという、その時のボクとしては画期的な新しいルートの発見であった。

 杉木立の中の細い一本道。地図には点線で表記され、地元のバスの運転手もほとんど知らないと言った。その中で、ひとりだけあの道ではないかと教えてくれた人がいた。教えてもらったとおり思い切って行ってみると、素晴らしい雰囲気のある道だった。地元の林業関係者が主に利用するという細い道で、交差する場面が来てしまうのを恐れながら進んだ。が、杉木立の道では一台もすれ違うクルマはなかった。道は杉木立の中を過ぎると、シャクナゲの咲くのどかな雰囲気に変わっていた。シャクナゲが咲くところには霊が漂っていると、司馬遼太郎は書いていたが、そのことでボクは意味もなく息を殺していたように思う。空は晴れていて、無性に暑いという印象だけがあった。今と同じような季節だったのだ。

 それからとにかくひたすら走り、山里のさまざまな風景と地元の人々の表情を見ながら進んだ。鞍馬への道に出て、その日の最終目的地である嵐山に着いたのは夕方だったと記憶する……

 大原には細かい雨が降りはじめていた。初めて訪れた時も雨だったかも知れない。寒かった。湯豆腐を食べて暖まった記憶がある。今回、その雨が大原のよさを助長してくれた。京都市内から初めてクルマで入ったが、北山からは意外に簡単に着いてしまうのでびっくりした。驚いたのはもうひとつ、三千院の庭の凄さだ。雨ではあったが、こんなにゆっくりと歩いたのは初めてだったと思う。三千院までのアプローチの道も静かでよかった。

 帰り道、盆地の真ん中あたりに立って見回すと、大原の里は小雨に洗われたように静かな時間を刻んでいた。やはり、京都は深い。自分次第で、そのことの価値観を認められる。のんびりと周辺を眺めていると、京ことばのやさしい響きが耳に届いてきた。

 雨、あがったみたいどすなあ……


「写真エッセイ「雨の大原にて・・・」」への2件のフィードバック

  1. 雨の日のみずみずしさが伝わってきますね。
    緑がとてもきれいで、
    清々しい気持ちになります。
    大原、のどかな気配ですね。
    行ったことないので、
    是非今度行ってみたいです。

  2. 大原は“里”の魅力。
    里という概念がぴったりくる場所なんだよね。
    それはずっと変わってない。
    イギリス人の何とかさんの家も見たかったけど、
    次回には実行しようと思っている。
    秋に行ってみるのもいいだろうなあ…

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