稲架木や、稲架のこと
稲架木(はさぎ)というものに興味をもってしまった。
先日、石川県立美術館で「村田省蔵展」を見てからだ。
氏が絵の題材にされていて、その特徴的な姿が印象深く記憶に残った。
稲架木は、文字どおり水田近くに並んで立つ。
刈り入れの時、それらの幹に竹などが何段も組まれて、刈り取った稲を自然乾燥させる。
ただ、その用途がない時は、当然普通の木として立っている。
新潟の弥彦(やひこ)あたりに多く見られるらしい。
機械化が進み、稲架もそのまま消滅していくみたいだが、氏の作品に描かれた、整然と並んで立つ稲架木の姿からは、自然と同化したヒトの知恵みたいなものを強く感じた。
チカラの抜けた、まさに自然体の、自然的人工物。いや、人工的自然物と言うべきか?
どちらでもいいが、刈取りが終わり静まり返った秋の夕暮れの風景や、雪が融けはじめた早春の頃の風景の中(もちろん絵の)にあると、稲架木たちはまるでオブジェのように、また生きもののように見える。
絵を見ながら、自分がなぜ、こういうものに興味を抱くのだろうかという不思議な思いも重なった。
そして、絵を見ているということを時々忘れ、旅をしているような想像が飛んだ。
あれから数日が過ぎ、新しい年になって二度目の能登行きの日。
もともと稲架木のようなものを能登でも見ていたような記憶があり、それらしき場所では目を凝らしてクルマを運転していた。
そして、もう帰り道に入った旧門前から穴水へと抜ける道沿いで、それを見つけた。
金沢を出たのが遅い時間だったせいもあり、仕事の合間では無理だろうと思っていたのだ。
水田の奥の、杉並木に整然と横棒が組まれている姿はすぐに視認できた。
道沿いと言っても、かなり奥。村田省蔵氏の絵にあった、弥彦の稲架木みたいなカッコよさはなかったが、一応稲架木形式である。
もともとは防風のための杉並木だったのかも知れないが、低い部分の枝打ちをして稲架木として使っているのだろう。
ところで、ボクの中にある稲架というのは、必要な時にちょっと太い木を立て、それに竹を這わしていくか、縄を結んでいくようなものだった。
弥彦の稲架のように、木そのものが存在感を持っているものではなかった。
考え方としては、非常に合理的なやり方であり、ごく自然な感じがする。
能登の里山には稲架が年中建てられたままになっている風景が多く見られる。
野菜などを干すためのものもあるみたいで、これらもなかなかの味わいを感じてしまう。
風が吹こうが、雪が降ろうがといった感じで、田畑の道沿いに踏ん張り立っていたりする。
別に能登に限ったものではないだろうが、里山系農村風景には欠かせない一品であり、文化的財産として大事に見つめてあげてもいいのではあるまいか?と、秘かに思っている。
そんなわけで、突然こんなことを考えてしまうクセは今年も健在なのである……
昔、金沢の近郊の田んぼでも、よく目にした稲架木ですが、最近は、ほとんど見かけませんね。当時、上だけ葉っぱが茂ってる、へんてこな木だなと記憶してます。 今思えば、畦道沿いに一定の間隔で並んでいる稲架木、先人からの知恵の賜物です。
ボクの記憶では、昔の稲架はかなり地上高く組まれたような感じがしますが、それは自分が小さかったからでしょうかね……