カテゴリー: 能登のこと
🖋…… 鳥居は倒れても、注連縄は残っていた
能登の山里が黙示すること 鳥居は倒れても、注連縄(しめなわ)はしっかりと張られてあった。 何度も訪れてきたなつかしい山里の集落。 もう初夏になろうかという季節に
🖋 能登の素(す)は死なない
令和6年能登半島地震 半世紀近い関りの中で想うこと 能登の素(す)の部分に潜んでいた脆さを、今この時になって思い知らされた気がする。 そして、大切な能登がじっと
🖋 奥能登~ふるさとの匂いに包まれた小さな図書館
◆ 門前図書館と柳田教養文化館が黙示する……「ふるさとの図書館」というポジション 🖋 図書館という不思議な世界 能登半島の先端に近いあたり、「
🖋 奥能登の山里を歩き想うこと~爼倉・鶴町
◆気になっていた場所 木々に囲まれた神社の小さな境内は、紛れもない静寂の世界だった。 ここに立つのは二度目だ。 一帯は4月の中旬なのに春をとおり越し、初夏の空気
🖋 奥能登の山里を歩き想うこと…曽又 2021春
◆奥能登は山間地…… 大げさだが、ついに来た…と言う感じである。 コロナの終焉どころか、ワクチン接種もまだだが、春の訪れを待ち、満を持してやって来た。 さらに何
🖋歩くことは想うこと…「想うために歩く」の序章
🖋 歩くことから生まれる想い…… 何年も前から、私は自分がやっている山里などを歩くという行為について、自分なりの意味を感じていたんです。 そして
奥能登・珠洲でやってよかった
奥能登・珠洲を舞台にした「奥能登国際芸術祭2017」 今も心に残る、ひとつのメッセージがある。 旧飯田駅のホームに停められた貨物車両の中。 うす暗い空間
夏はいつも凄かったのだ。
************************* 金沢と能登をつなぐ「のと里山海道」が、 まだ「能登有料道路」と呼ばれていた頃の話だ。 終点穴水の少し手前で、
🖋 金沢と能登・柳田村を結ぶ小さな想い出
金沢の街にあまり強く感じるものがなくなってから、何年かが過ぎたように思う。 今はただ漠然と街なかを歩いていたりする。特に新幹線と逆流するかのように、金沢観は
🖋 うつくしき町を歩く「奥能登・珠洲蛸島」2016秋
奥能登・珠洲蛸島の入り組んだ町を歩いてきた。 暦では秋も深まり、しかも能登半島の先端に近いとくれば、そぞろ歩きなどあまり適さないと思う人もいるだろう。 しかし、
語りながら自分を振り返った日
8月最後の休みの日、能登のN町U公民館で語る機会があった。 小さな会の少人数の場であったが、与えられたタイトルが男の趣味を云々というカッコよすぎるもので初めは躊
🖋…図書館が好きだ
/ 📖活動する小さな図書館 図書館について、自分なりの理想がある。 実現するとかしないとかに執着はしていないが、実現するとそれなりに嬉しいだ
能登黒島・旧嘉門家跡
このエッセイを読んでいただいたという、北海道の方からメールが来た。 お名前が嘉門さんと言って、詳しいことは全く分からないが、亡き祖父が旧門前黒島の出らしいと
石川さゆりを、また聴く
昨年暮れ、能登を舞台に作られた歌のことを知る機会があり、突然CDをもらった。 その中で、坂本冬美の『能登はいらんかいね』と、石川さゆりの『能登半島』が
稲架木や、稲架のこと
稲架木(はさぎ)というものに興味をもってしまった。 先日、石川県立美術館で「村田省蔵展」を見てからだ。 氏が絵の題材にされていて、その特徴的な姿が印象深く