カテゴリー別アーカイブ: 図書館のこと編

図書館が好きだということについて

本棚

 図書館について、自分なりの理想がある。

 実現するとかしないとかに執着はしていないが、実現するとそれなりに嬉しいだろうなあと思ったりもする。

 そんなことを肯定的な視点から考えたのは、能登の、ある町の図書館で、熱心な司書さんたちと出会ってからだ。

 その人たちは地元出身の作家や詩人、画家などを広く町の人たちに伝えるサポート活動をしていた。

 ボクはその人たちをさらにサポートする立場にいて、地元の愛好者の皆さんの中に入り、楽しく仕事をさせてもらってきた。

 作家の記念室を作ったり、冊子の編集、画家の作品展示の企画を手伝ったりしながら、地元の風土のようなものを感じ取るのは楽しいものだ。

もうかなり時は過ぎたが、これだけ活力のある図書館であれば、町を元気にする活力も提供できるのではないかと思えていた。

そんな時、地元の人から聞いた話がヒントになった。

 “図書館で町おこし”などというと俗っぽさも度が過ぎるが、好きな本を読みに能登の海辺の町に来てもらおう……という素朴な提案だった。

 ボクはマジメに面白い企画だと思った。

 衰退していく民宿や町の宿泊施設などを見ていると、図書館と絡めたこの企画もやりようによっては、渋く浸透していく要素があるのではないか?

 そう思うと、最近、書店へ行っても、かつての名作と呼ばれる本が売られていないことなどがアタマに浮かんできた。

 海外の文学作品はもちろん、日本の文学作品などもほとんど本棚には並んでいない。

 いや、もう本そのものが作られていないと言っていい。

 そういうものを取り揃えて、昔の文学少女や文学青年たちに読んでもらおうというのは、まさに名案中の名案であるとしか言いようがなかった。

 しかも、季節感あふれる能登で、夏は海風を受けながら、芥川龍之介と冷の地酒を味わい、冬は炬燵に体を埋めながら、川端康成と燗酒を愉しむ……

 そんなこんなで、何度想像しても素晴らしいアイデアであるなあ~と、ボクはそれこそ何度も何度もふんぞり返っていたのだ。

 しかし、現実はそれほど甘くはない。

 当然このアイデアは日の目を見ることもなく、ある日の夕暮れ、静かに渚の波にさらわれていった……

 話は想定以上に長くなっていくが、もう一方の否定的視点から図書館の理想を考えるきっかけになったのは、「金沢市海みらい図書館」の存在である。

 金沢市の西部、海側環状道路の脇に建つこの図書館を悪く言う人はあまりいないだろう。

 駐車場が狭いなどという声は聞くが、それらを吹き飛ばすほどのカッコよさで、かなりの人気を集めている。

 しかし、ボクがこの図書館に違和感を持つのは、そのネーミングだ。

 なぜ、「海みらい図書館」などと呼ばせるんだろうという、素朴な疑問だ。

 あの図書館のどこにいたら、海が、海の未来が見えるのだろう?

 屋上にでも登れば見えるのかも知れないが、誰も自由に屋上へは登れない。

 もし、海側環状道路沿いにあるからだという、それこそ安直の極みのような理由だとしたら情けないかぎりだ。

 館内に弱い光を差し込ませる、あの窮屈そうな丸い窓が船を連想させているとしても、窓の外には実際の海はないのである。

 目に見えないから「海みらい」なのだとしても、あの住宅地に建つだけのロケーションでは物足りない。

 こんなことを書いていくと、「海みらい図書館」そのものを批判していると思われるかも知れないが、決してそうではない。

 図書館に理想を持っているからで、その理想とどこかチグハグに絡み合った存在として「海みらい図書館」があるだけだ。

 そのチグハグさを明解にするために、遅くなったが、図書館についての自分の理想について書く。

 ボクがもともと持っていた理想とは、「海の見える図書館」とか、「夕陽を映す図書館」とか、「落日に涙する図書館」…?とか、そういう自然風景の中にある図書館という素朴なものだ。

 ボクの生地であり、今も住む内灘にそのベースを置いて発想したと言っていい。

 砂丘台地の上、ガラス張りの、少々西日が差そうが何しようが、とにかくひたすら海が見える図書館がいい。

 カフェなどもあれば、このロケーションはますます効果的になる。

 読書は思索なのだから、隣の家の屋根や壁が見えているだけではつまらない。やはり、自然がいい。しかも“天然の自然”だ。

 だから、「山の見える図書館」も好きだし、「森の中の図書館」でも、「川辺にたたずむ図書館」でもいい。

 図書館は街にあるべきものという考え方も、もう古いだろう。

 わざわざ出かけていく図書館、図書館で一日を過ごすという上品な休日の過ごし方なども提案しよう。

 そんなわけで、図書館へのささやかな夢、いや図書館が好きになる理想の話なのであった……

じっくりと能登に浸る

二月だというのに日本海は穏やかに凪いでいた。

能登有料道路をM子Kタローの運転で、まずは志賀町へと向かっている。

助手席に乗って、ゆったりと凪いだ海が眺められるのもいいものだ。

久々の能登半島・ヒトビトめぐりだ・・・・・・。

志賀町は、いつもの図書館へ行き、これまたいつものM・Kコンビと打ち合わせ。

図書館は今一部改装中。隣の文化センター二階に仮設図書館が開設されていて、まずそこへと向かう。

事務所は三階にあり、Mさんこと森さんと、Kさんこと金井さんがいた。温かいコーヒーと小さな大福がお盆に入れられて出てきた。大福がかなり美味い。どこに売っているんですかと聞いてみると、かほくイオンと言われてちょっと拍子抜けした。

ここでは三月二十七日の再開に向けて、二階に開設するギャラリーのディスプレイなどをお手伝いする。

今までの企画展的活用ではなく、今度は常設。志賀町が生んだ“イケメン画家”南政善の作品を掲示し、その人物像も紹介するのだ。

森さんの独壇場的企画に基づいて、ボクらはそのアシストをする。

現地で概要がつかめた段階で、ひとり改装中の閲覧室へと下りた。

誰もいない本棚の間をじっくりと歩いてみた。とてつもなく多いというほどではないが、それでもこれだけの本が周囲にあると、ちょっとした興奮に陥る。

気になる本があると、すぐに手に取ってみる。先が長そうだから、じっくりと読んだりはしないが、パラパラとめくっては次の本へと手を伸ばす。

途中でそんな読み方にも疲れてきて、最後は挫折。だが、贅沢なひとときだった。

昨年製作した、志賀・富来出身の文学者や芸術家たちのタペストリーも、今春から掲示していく。これはなかなかいいものだ。いい企画だったと自画自賛。

昼飯は、近くの温泉施設の食堂で手作り定食をと出かけたが、メニューを見て急遽変更。ボクにとっては昨夜と同じメニューだったからだ。M子Kタローはそれでもいいと言ったが、却下。そこからすぐの中華の店へと移動した。

ボクがチャーハン大と言ったのに、身の程知らずのM子Kタローはカニチャーハン大などをオーダーする。さっきの腹いせだろうか。それなりに美味かったが、店の中が寒いのにはちょっと困った。

再び能登有料に戻って、輪島へと向かう。羽咋あたりではほとんどなくなっていた雪だが、さすがに穴水から輪島にかけての山沿いでは多い。

輪島では漆器販売の「しおやす」さんへと顔出し。

しおやすさんも、春の完全オープンに向けて改装工事が始まった。部分的に営業しながら店のイメージを変えていく。

最初に提案させていただいてから五年がかりだろうか、ようやく一歩踏み出した感じだ。

ボクとしては、単に店を直すということ以上に、しっかりと見つめていきたいこともあり、これから夏場にかけての“店の顔づくり”みたいな方向を模索している。

輪島塗のことは、いろいろと勉強させてもらった。ボクなんぞ及びもつかないむずかしい問題もあるみたいだが、輪島には前向きなヒトビトもたくさんいて、それなりに面白そうだ。

店や作品(商品)についても、それぞれのスタンスで個性化が進めばいいのではと思う。

カニチャーハンが合わなかったのか、M子Kタローがしおやすさんのトイレに入ったきり出てこない。

スッキリした顔でようやく出て来ると、すぐに国道249号線を山越えする。門前黒島の角海家へと向かうのだ。

空は薄曇り。広々とした田園地帯が真っ白な世界に変わっていて目を奪われる。

道下(とうげ)あたりから目に入ってくる海も、見事に穏やかだった。

角海家の前で、保存会のK端会長と今年初めてお会いした。取材の打ち合わせ中みたいだった。

中に入ると、YさんとKさんがお留守番中で、Yさんが広間にお雛さんが飾ってあるよと言う。

さっそく上がらせてもらい、拝見。昭和初期に作られたという、まだ不完全な雛人形たちだったが、それでも十分な貫禄を示している。

実は角海家には江戸時代に作られたものがあったらしいのだが、今は東京にあるとのこと。惜しいねえとYさんも話していたが、こんどの三月三日には、何か雛祭りらしい行事をやりたいと意気込んでいた。

Yさんがコーヒーを淹れてくれて、海の見える部屋の炬燵を囲み、しばらく「ふるさと談義」に暮れる。

昔の風習や、子供の頃の思い出話などを二人が語ってくれた。こういう時間を共有できるのがいい。

イベントをやろうという話も、少し具体性を帯びてきて、二人の表情も明るい。

まだ暗くならないうちにと、角海家を出たのが四時過ぎ。海は相変わらず見事なくらいに静かで、深見という入り江の地区に回り込む岬も、くっきりと浮かんで見えていた。

 

旧門前町剱地から、仁岸川に沿って山道に入る。いつもの富来へと抜ける道。

雪は道にまだ残っているだろうが、せっかくだからと行ってみる。

運転手のM子Kタローが、山の深さに驚いたりビビったりしながらクルマを進める。アイツも能登の山里の魅力が少しは分かったことだろう。

羽咋・滝のロードパークに寄って、久しぶりに夕陽がきれいな田園風景を見た。葦が逆光に映えている。

Nikonを持ってこなかったのを後悔しながら、CONTAXで撮影。先着の若い女の子もひとり、小さなデジカメを構えていた。

汐風の市場・滝みなとにO戸さんを訪ねる。

時間は五時過ぎ。マスクを付けていたせいか、入ったすぐには気が付いてもらえなかった。

柿木畠ヒッコリーのM野さんが、先日わざわざ自宅まで届けてくれた油揚げがあったので、豆腐と薄あげと一緒に購入。

志賀町の豆腐屋さんが一旦店じまいしたということだったのだが、体調を壊していただけで再開したとのことだった。その話を聞いたM野さんが、わざわざすぐに買いに来たというのだ。そして、我が家にもおすそ分けしてくれたのだ。

M野さんも相変わらず、凄いリアクションだと嬉しくなった。

O戸さんから面白い話を聞いた。それは何と海水が売れているということだった。滅菌した滝の海水が、いろいろな用途に使われ始めたらしいのだ。

少しだけ飲ませてもらった。子供の頃、ゴンゲン森の海で思わず飲んでしまった、あの時のような濃い塩の味がした。風邪の予防にもなりそうだった。

そして、その水を利用したカレイの日干しも買った。手触りがソフトで新鮮な感じのする日干しだった。(タイトル写真)

今流行の「塩糀」も売れているらしい。海藻なども滅菌海水を使って新鮮な味で提供できるとのこと。それと前にも紹介したナマコもたくさんあった。

O戸さんも相変わらず元気で頼もしい。ズシリとした大人の雰囲気と、少年のような探究心が同居していて、ついつい話に引き込まれていく。

何よりも、地場スタンスであるところがボクは好きだ。

夏にはこの港周辺で何かイベントらしきことをやりたいと、以前から話し合ってきた。何とかサポートしたいと思う。

もうすっかり夕暮れだった。湾の中の水面はまったく波を立てていない。

こんな静かな海も久しぶりやわ…とO戸さんも言っていた。

長いようで短いようで、短いようで長いような・・・そんな一日が終わろうとしていた。

明日は早朝の電車で東京だ…。だが、とりあえず今夜は、今日のいろいろな出会いの余韻にひたることだけ考えよう…ということで、O戸さんにも「頑張ってください!」と声をかけて去った。

みんな、頑張ってるんだなあ……

「あうん堂にて…」   

  初めて「あうん堂」へ行ってきた。金沢東山三丁目、ひがし茶屋街の大通りを挟んだ反対側。一方通行の狭い路地に入って、やっと見つけられるような小さな店だ。きっかけとなったのは、ボクの本が置かれているという話と、ヨークで見つけた「そらあるき」という小冊子。その小冊子の編集スタッフの一人が、店主の本多博行さんで、その小冊子を直販しているのが、あうん堂だ。

もう少し詳しく?説明すると、あうん堂は、「出版と古本とカフェの」というキャッチコピーが付けられているように、「そらあるき」でも分かるような出版と、個性的な古本が並ぶ書店、そして、奥さんが淹(い)れてくれる美味しいコーヒーが飲めるカフェ、これらの三つで構成されている。そして、それぞれが力みもなく、自然体で成されているというところに、あうん堂の、あうん堂たる“空気”があるのだなあと感じた。いずれにしても、まだボク自身よく把握しきれていないのも事実。ただ、テレビ朝日の「人生の楽園」という人気番組で紹介されるなど、それなりに立派にやられていることは間違いないのだ。

日曜の昼に近い午前。家人と二人、近くにある駐車場にクルマを停め、雨の中を狭い玄関へと向かう。雨が本降りになってきて、気温も朝から上がっていない。GWの終わりに、急きょトンボ帰りで京都へ行ってきたが、その時と同じ紺のシャツと綿パン。その時はポカポカ陽気で、腕まくりをしながらだったのに、今日はそんなわけにはいかない。ひたすら冷えていた。ガラスの扉を開けて中へと入る。靴を脱いで、フローリングの店内に足を踏み入れると、右手に本棚が見えている。まるで図書館の一角を見る感じだ。店は奥に深く、狭いという印象をもつが、この狭さ?が、この店を訪れる人たちの個性を物語っているのだろうと感じた。先客が一人いたが、その客と本多さんが話している内容も、なんとなく、それを感じさせるものだった。

 

ボクはまず古本が整然と並ぶ本棚を見て回った。そして、すぐにウキウキしてきた。なんと、懐かしき晶文社の植草甚一シリーズ本、そして、われらが椎名誠の本などがいっぱいあるではないか。いくつか本に目をとおし、価格なども確認しながら、ふ~んと納得。こんな世界が金沢にもあったんだなあと嬉しくなった。

そして、奥のテーブルへと。コーヒーを注文してから、時計を見る。もう昼に近い。小腹も空いてきたので、めずらしくケーキセットに変更した。コーヒーも美味しく、生クリームと小豆が付いたやや大きめの抹茶シフォンケーキも充分満たしてくれた。

  ふと壁の方を見上げると、懐かしい絵が掛っている。沢野ひとしのイラストの入った額があった。「槍ヶ岳への道」とかいうタイトルがついていたが、この絵のどこが槍ヶ岳への道なのかなあ?と、余計なことを瞬間考えてしまう。しかし、そんなことはどうでもいい。ここに沢野ひとしの絵が飾られているということが凄いのだ。聞くと、沢野ひとしはたびたび訪れているということ。ついこの間まで、絵の展示会もやっていたとのことだった。

 そういえば、この冬、歴史博物館の前で、ボクは沢野ひとしと遭遇していたのだ。その時のことは鮮明に覚えている。ボクは向かい側から歩いてくる本人を確認すると、「沢野ひとしさんですよね?」と、すぐにたずねた。びっくりしたような顔した本人は、そうですよと答えたが、なんでオレなんか知ってるの?という顔をしていた。ボクは椎名誠らとの発作的座談会の話などをした。そして、なんだか物足りなさを感じながら、これからも頑張ってくださいと、定番的言葉を口にし、握手してもらって、その場を去った。そのすぐ後、無性になぜ沢野ひとしが歴史博物館にいたのだろうと気になり、歴史博物館の担当スタッフに確認したほどだった。しかし、よくは分からなかった。

「実は、私、ゴンゲン森…とかいう本を出したんですが、こちらの店に置かせていただいてると聞きまして……」

 しばらく沢野ひとしの絵を眺めてから、奥さんに言った。奥さんはびっくりしたような表情になり、「それを早く言ってくださいよ」と言ってカウンターから出て行った。そして、ご主人にそのことを告げると、また戻ってきて、「私は、すぐに読ませてもらいましたよ。とても面白かったですよ」と言ってくれた。方言の使い方が凄く楽しかったとも言ってくれて、店の本棚に並んでいるという場所を教えてくれた。

 それからボクは持参した「ヒトビト」1~8号を取り出し、渡した。ヒトビトにも高い関心を示してくれた。ヒトビトに出てくる共通の知人も多くいて、もう古くなった話で盛り上がったが、最後は、継続していく苦労話が締めだった。そして、ヒトビトもお店に置いてもらえることになった。ヒトビトは売り物と言うより、お客さんにコーヒーを飲みながら読んでもらうというスタンスが合う気がして、そう話すと、本多さんも納得してくれたみたいだった。

 一時間ほどいただろうか。最後は、本多さんと向かい合って、いろいろな話をした。ボクが、主計町の茶屋ラボの話をしだすと、本多さんもよく知っていてくれて、以前に展示会のようなものをやったらしく、近いうちに何かやりたいと考えていることも語ってくれた。

 ナカイさんとは、これからも何か楽しいことがやれそうですね。本多さんが名刺を出しながら、ボクに言った。そして、ボクが自分の名刺を渡す時に、「固い名刺なんですけど…」と言うと、本多さんは、「名刺は固く、やることは柔らかくですよ…」と答えて笑った。

 ボクはなんだか清々しい気持ちになっていた。平凡な言い方だが、いい出会いだなあとも思い、懐かしさに似た何かを感じていた。日々それなりに過ごしていけば、またそれなりにいいことがありそうな気がして、なぜか、このことを遠くにいる友人たちに伝えたいなあと思ったりもした。

外へ出ると、雨はまだまだ降り続いていた。駐車場に向かいながら、こんなところへクルマで来るなんて、と自分を叱りつつ、愉しい時間だったことに満足もしていたのだ……