🖋Spring is here…3.11東北を想う一曲


🎹なんでもない一曲だった……

「Spring is here」というジャズ好きの人には知られた曲がある。まさに「春が来てるよ」というほのぼのとしたタイトルの曲だ。自分にとっては、温かくもあり、切なくもあり、もちろん好きな曲でもある。

そして、このタイトルを知らなければそこまで心を動かされなかっただろうという、特別な思いのこもった曲でもある。

ところで、中学時代の英語のテキストに「Spring has come」という一文があった。これは「春が来たよ」という意味だが、両者には時間的ズレによる微妙な違いがあるらしい。

つまり、「Spring is here」は、 “すでに春が来ている=春本番”を意味し、「Spring has come」は “今まさに春が来た=春到来”を意味する。そんな具合に使い分けられるのだそうだ………

🎹ビル・エヴァンス…

今更言うまでもないが、多くの人(ジャズ好きの)にとって、この曲のイメージを最も浸透させてくれたのは、ピアニストのビル・エヴァンスだろう。もちろん自分もそうだ。

代表的なアルバム『ポートレート・イン・ジャズ』(1959年)のものと、『ビル・エヴァンス・アット・タウンホール』(1966年ライブ盤)のものを特に聴いてきたが、頻繁に聴くようになったきっかけを作ったのは後者の方だ。そして、それには特別な理由がある……

原曲は1938年に作られたミュージカルの挿入歌で、美しいラブソングだ。だが、歌詞はまるで春を謳歌していない。年頃の女性のいろいろあって春の訪れも素直に喜べない……といった少々甘ったるい気持ちを綴った筋書きらしい。そこに気怠さと繊細さその他が混ざり合い、エヴァンスが彼らしい美しいタッチで仕上げた…といった感じがする。

エヴァンスの演奏は、ほぼサビから始まる。歌詞でいえば、まさに “Spring is here…”と歌い出すところだ。ボクの感じるところではあの「Stardust」に似ていて、“Sometimes I wonder…”と入っていくあたりに通じると勝手に思っている。出だしがとても印象的なのは、やはりサビから始まるせいだろう。そんなことも漠然と思ったりする。

この曲を最初に聴いたのは70年代に入った頃、まだ10代の半ば過ぎだった。だから?特に印象に残っていなかった。当然のように曲名も記憶になかった。アルバム(『ポートレート・イン・ジャズ』)の中の静かに流れていく一曲でしかなかったのだ。繊細さが身上のエヴァンスの演奏は、まだ青臭い少年にとって絶対的な存在とまではいかなかったのも事実だろう。

🎹あたたかさと寂しさ……

時を経て、少し大人になったボクにとって、ビル・エヴァンスは重要なミュージシャンの一人になる。そして、さらに長い歳月を経たある時から、「Spring is here」という彼が演奏するその一曲が特別な存在に変わる。

ジャズを長く聴いてきた者としては、その中のごくごく最近の出来事だが、それは2015年か16年のことだったろうと思う。3月のある日、クルマの中に流れてきた聴き覚えのあるメロディに心が動いた。

カーオーディオにいつか入れておいた『ビル・エヴァンス・アット・タウンホール』。ほとんど聴くことのなかったアルバムをたまたま開けてみた。長い拍手で始まり、軽やかなオープニング曲が終わると、また拍手が起こった。

そして……

ん?と反応し、すぐにオーディオのディスプレイを見る。Spring is Here…… 恥ずかしながら改めて認識するタイトルだった。

それと同時に、なぜか懐かしくあたたかいものを感じて、すぐに最初から聴きなおした。音量も上げた。そして、また出だしの部分を聴きなおし、そのまま続けた。

3月も終わりに近づいていた頃だ。春の陽射しの下に、雪解けから時間を経た山吹色の草地が見えた。ところどころに、あざやかな緑も混ざっていた。

演奏が進むにつれ、あたたかさを感じさせた何かに、どこか寂しさを持った何かが重なっていった。そして、不思議な感情が沸いた。

🎹東北の春……

それをもたらしたのが 、“ 3.11 ” への思いだったということに、しばらくして気が付く。ついこの前、何年目を迎えたというニュースが日本中に流れていた。そして、東北の人たちが癒されることのない深い悲しみの中で、必死に日常の生活を取り戻そうとしている姿にやるせなさを感じていた。

Spring is here…… 春はここにあると、敢えて声にしてみた。

しかし、すぐに雪が舞っていた2011年3月11日はもちろん、それ以降の日々も、東北では冬が続いていたことを思う。

エヴァンスの繊細なタッチが、春が来ているのを控えめな声で教えてくれているようにも聴こえる。そして、そのあとに続く言葉を見つけられないもどかしさも、彼のピアノは感じさせた。

1966年2月21日のニューヨーク。ステージにいたビル・エヴァンスもまた、深い悲しみの中にいたという事実がある。父親が急逝し失意の中でピアノに向かっていたという。その話もかなり前から知っていたはずだが、その時に思い出したことでもあった。

コンサートの中での亡き父に捧げる長いソロ演奏は、せつないほどに淡々として美しさに満ちている。

そのことも思い浮かべながら、「Spring is …」の演奏をまた聴きなおすと、春という言葉がより一層重くなる。ニューヨークの2月も真冬だ。レパートリーのひとつと言ってしまえばそれまでだが、その夜この曲を弾いていた彼の思いと重ね合わせれば、どこかで結び付いていくものを感じる。

🎹春の情景とつながる……

もともとはラブソングだ。やさしく歌われ、奏でられ、鑑賞される。しかし、逆の意味でボクにとってこの曲は素朴な春の情景を思い起こさせる音楽にもなっている。

春の情景は、冬のすべてと繋がっていて、冬のあとにやって来るからこそ美しくあたたかい。そして、シンプルであればあるほど逆に心を打つ。そんな日本の春の風景に、なぜか「Spring is here」が重なっている。そして、うまく表現はできないが、この感覚は新鮮でもある。

不思議な取り合わせに、自分でも戸惑っていた。だが、すべての根拠が、“ 3.11 ”にあった。

Spring is here… 10年目を迎え、今も静かに聴いている………


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