スプリング・イズ・ヒア…3.11


 春になりかけの風景を見たり、そんな話題を耳にしたりすると、なんとなく頭に浮かんでくるメロディがある。メロディというよりもタイトルそのものと言った方が正しい。

 『スプリング・イズ・ヒア』という曲である。

 ボクの中では、ビル・エバンス・トリオの名演として存在しているが、曲が作られたのは1939年と古く、その20年後にリリースされた代表的なアルバムのひとつ『ポートレート・イン・ジャズ』に収録されている。

 ボクはそのまた15年後くらいに初めて聴いたと思う。当時のボクにとって、ビル・エバンスはインパクトのある存在ではなかった。だから、この曲もついでに流れていたという程度だっただろう。とにかくほとんど記憶になかった。

 半世紀前の話というと、とんでもない昔のことのように思うが、ビル・エバンスは15歳くらいの頃に初めて聴いた。ラジオのジャズ番組だった。ちなみにその時に流れていたのは、彼の代表曲「ワルツ・フォー・デビ―」だ。リクエスト特集だったせいか、有名な曲ばかりがかかり、その時の「マイ・フェバリット・シングス」(もちろん J・コルトレーン『セルフレスネス』)で、ボクの前にジャズの世界が広がった。

 その番組は、毎回本気で聴いていた。録音もして何度も聴き返したりもした。

 御大・油井正一がたまに出て、メインは児山紀芳、そして本多俊夫、青木啓らが順番にやっていた。特に児山紀芳が担当する夜は、最新の情報や新譜が紹介されたりして、かなり前のめりになって聴いていた。

 最初は単なるませたジャズ・ビギナー(中学生)だったボクにとって、この番組がなかったら、その後のジャズ傾倒もなかったのはまちがいない。今、名を挙げた人たちはもうこの世になく、ボクはまだまだ燻っているジャズ的な感性に自分自身を委ねながら、もう少しジャズを前向きに聴いていこうと最近また思い始めている。

 話を戻すと、『スプリング・イズ・ヒア』は、3月に入ってから何度聴いただろうか。ついさっきも、イヤホンをとおして脳みそに送り、そこから生まれる何かを左胸のあたりにまで届けていたように思う。

 古くから聴いていたに違いないが、左胸あたりに沁み込み始めたのはつい5,6年前のことでしかない。特に春を意識すると、聴き方が変わった。

 そうなったきっかけは単純ではない。敢えて簡単に言うと、3.11だ。

 発生から何年目かを迎えた日の数日後、クルマの中に流れてきた覚えのある曲に、自分の中の何かがすーっと静まり返っていくような感覚を得た。

 もちろんボクは、その演奏がビル・エバンス・トリオのものであることを知っている。タウンホールのライブ録音であることも知っている。しかし、不意に曲のタイトルを問われても、答えられなかったにちがいない。

 当たり前すぎる、ビル・エバンスのビル・エバンスらしいピアノとバッキング。音量を上げ、もう一度聴き直した。

 車内のディスプレイに『Spring is Here』と曲名が出ていた。恥ずかしながら、改めて確認した曲名だった。アルバムは違っていたが、まさしく『スプリング・イズ・ヒア』だった。

 3月も後半に入ろうとしていた頃だ。クルマから降りると、春らしい陽射しの下に、雪解けから時間を経た山吹色の草地が見えた。ところどころにあざやかな緑も混ざっていた。

 冬枯れの終わりを告げる風景と、まだ残る空気の冷たさがこの時季らしいと思わせた。

 時を経ていたが、3.11の話題は絶えず人々の中にあった。そうした話と目の前の風景に、『スプリング・イズ・ヒア』のメロディが重なる。不思議と落ち着いていく。

 『スプリング・イズ・ヒア』は、もともとミュージカルの中の甘いラブソングだという。原曲は聴いたことがない。ただ、ボクの中では、素朴な春の風景を思い起こさせる、シンプルな一曲である。どんな春にも溶け込む。

 そして、ビル・エバンスの演奏は、春が来ているのをこっそりと教えてくれているような、そんな響きを持つ。小声で春が来てるよ…といった感じなのである。

 2011.3.11周辺の日々は、東北では冬だった。まだまだ春を感じさせなかった。こんな甘いラブソングなど聴いていられるはずもなかった。

 しかし、今、ボクの中の『スプリング・イズ・ヒア』は、大袈裟だが春そのものだ。

 春の風景は、冬のすべてと繋がっていて、冬のあとにやって来るからこそ待ち望まれる。それは素朴であればあるほど心を打つ。そんな日本の春の風景に、なぜか『スプリング・イズ・ヒア』が重なっていく。そして、説明はうまくできないが、この感覚は新鮮でもある。

 そのすべての根拠が、3.11にあるのかもしれない。そのことをこの春も感じているのである………

追記:エリック・ドルフィーもこの曲を演っていたことを、恥ずかしながらその後に知って聴いたが、ピンとこなかった…


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