黙示へのあこがれと旅の始まりの懐かしい答え


 旅ごころが自分の中に根付いたきっかけは何だったのか? 

 この古い本は最近になってヤマケイ文庫で復刻したものだが、その中に懐かしい答えがあったような気がした。

 岡田喜秋著『旅に出る日』。90歳を越えた著者の青春時代の出来事を綴ったエッセイが、旅と人生とをつなぐ素朴な何かの存在を教えてくれる。

 いくつかの作品に心を動かされたが、特に『常念岳の黙示』という短い文章から感じ取ったものは、かなり心の奥にまで届いているように思う。

 東京人の著者が、進学先として信州松本の旧制高等学校を選んだ理由が、どこか清々しく、そして、なぜか切なくもあって、読んでいる者(つまりボクだが)の心に迫るのだ。

 それは戦争の時代であったからでもあり、その時代の若者たちが、心のどこかに自分の原風景を持っていようとしたのかもしれないと考えさせたりする。

 そして、“自分に黙示してくれるもの”として常念岳を見つめていた著者の姿を想像し、どこか切迫感に襲われたりもするのだ。

  『常念岳の黙示』の中で、特に山に傾倒していく著者の、山は動かない…つまり、山は黙ってすべてを分かってくれている…そうした解釈と、そのことによる安堵の心境表現がとても好きだ。

 山を含め、風景にはこのような黙示のチカラがある。

 星野道夫もどこかで書いていたが、このチカラが何かの決断に作用することもある。ヒトの心情を動かし、さらにヒト自身の形成に影響を及ぼすとさえ思える。

 そして、ヒトが旅をするのは、そうしたチカラに促されるからなのだろうと思う。

 ボクは人に自慢できるような大それた旅など経験していないが、旅の瞬間を大切にすることには人並み以上に敏感であり、貪欲であったと思っている。だからこそ、風景(や情景)などに素直に向き合おうとしていたのだと思う。

 風景にはすべてが止まったままで、動きがないということはありえない。上空の雲たちや、山里の家並みからのぼる炊事の煙や川の流れも形を変えていく。時間の経過などから、その色や陰影をかえていくことも普通の現象だ。

 しかし、底辺にはやはり動かないものがあり、それ自体にまず大きなチカラを感じ取るのだと思う。

 二十代のはじめ、上高地を初めて訪れ、穂高の連峰を見上げた時の感動は今でも忘れないが、その根底にあったのは圧倒される山岳風景の偉大さだったのだろう。そして、あの時から確かに自分の中の何かが変わっていった。

 ボクはあの時以降、本格的に山に向かうようになった。山に登るだけでなく、山にまつわる歴史や民俗的なことにも興味を持ちだした。

 すでにずっと購読していたジャズ誌に加え、『山と渓谷』も購読し始めた。

 さらに、街にいて仕事をしていても、山のことを考えるようになり、実行できなかった計画が常にアタマの中で蠢く毎日を送っていた。

 今から振り返ると、仕事で様々なことをやらかしてきたが、何をやっていても山の世界に憧れてばかりいるニンゲンという認識を持たれていたとも思う。

 山はそうした意味で、奥深く、やはりあこがれの対象になり得たのだ。

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 常念岳から黙示された著者も、あくまでも山=常念岳そのものを見た。

 常念という哲学的な名前を冠した山に、自分自身の迷いを見透かされ、その山に父親を感じたというラストには純粋に感動を覚える。

 「黙示」の意味を考えながら、久しぶりに何度も読み返した。そして、またあらためて旅について考えようとしていた。しかし、なぜかアタマの中が整理できなくなり、ついには山のことに対する後悔ばかりを考えるようになってしまった。

 ただ、今自分が毎日の煩わしい時間の隙間に実行している、山里歩きや森林歩きなどを思うと、その素朴な楽しみが旅の延長上にあったのかもしれないと思う。

 そして、こういう心持に決して今の自分は満足していないということも事実で、またそのうち、北アルプスのどこかに自分という存在を置いてみたいと考えてもいる。

 何がそうさせるのかは分からないが、とにかくあこがれが絶えることは自分にはないような気がするのである………

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※岡田喜秋氏は、月刊誌「旅」の元編集長。ボクにとっての氏の存在は、『山村を歩く』から始まった。氏の話にはとても付いていけないスケール感もあったりするが、ボクが求めている小さな旅心みたいなものと共通する何かもあって、最近では、大体手の届くところに氏の本が置かれていたりしているのだ………


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