🖋 甲府行き (3)甲府周辺~佐久車中 の書き下ろし


この前に、当然「甲府行き(2)」「甲府行き(1)」があります。

 あっという間に帰路である。

 と言っても、前日金沢から長野、長野から塩尻、塩尻から甲府に着き、甲府の街と武田神社周辺を見て回って、それから甲府郊外の某温泉施設に行き、飲んで食べた後、いわゆる研修施設みたいなところへ移動してまた飲み語り合い、静かに?寝た……

 そして、早朝に目覚めてからまた風呂に入り、質素な朝食をいただいてから友人のクルマで近くの町を巡った。

 途中にリニアモーターカーのレールというのか、とにかくそういう施設的なものを上から見下ろせる場所があった。個人的な予報に反して小雨が降り寒かったが、それなりに珍しモノを見たという思いがあった。ただ、あれは本当に必要なのだろうか?

 古い造り酒屋にも行った。当然一本買い求めてきたが、それよりも朝から飲めなかったコーヒーに在りつけたことの方が大きかった。店の中に古いテーブルが置かれていた。酒屋さんでコーヒーというのも、なかなかいい。

 それからすぐに、市川大門という身延線の駅に向かった。そこで連れたちと別れて20分ほど電車待ち。最終的にホームには二人の男子高校生と一人の女子高校生、そして、普通の中年男性と自分とがいた。

 そこから三月の旅の帰路編が始まったわけである……

 さも当たり前のように各駅停車に揺られながら甲府まで約40分。

 甲府に着くと、改札口近くのパン屋さんで軽いランチ。これは地元のM君からのアドバイスだった。この後の行程では、あと4時間ほどは食事にありつけそうにないと予測。

 もう一人の地元K君からは、乗り換える小淵沢で美味いそばが…という話もあったが、時間が厳しそうで、とにかく軽く済ませるのが一番なのだと決めた。何よりも車内でガツガツ・モグモグと食べたりすることが得意ではない。

 パンばっかり食っていて味気ない旅だと思われるかもしれないが、甲府での昼はきちんと「ほうとう」をいただいた。当然だが、夜はワインもありで甲州的特産にはいつも超が付くほど恵まれた旅をさせてもらっている。

 前日にも乗った中央本線各駅停車で小淵沢へと向かう。

 途中、高架化された韮崎の駅に停車した際、去年の帰り道、このホームで電車を待っていたことを思い出していた。今回は小雨交じりだが、去年はカンペキな青空の広がるぽかぽか陽気の春の午後だった。見下ろす町の風景が爽快な気分にさせてもくれた……

 ところどころに、梅の花があと少しの満開に向けて、文字どおり満を持しているように見える。

 武田家の虚しい最後につながる、「新府」という名の駅を過ぎたあたりの風景がなぜか印象に残っていた……

 今は、「小海線」が13時13分に小淵沢を発ってから20分ほどが過ぎた頃。

 さっき「甲斐大泉」を出たところだ。次は「清里」である。

 ボクは先程からノートを取り出し、今回の旅を振り返りながら走り書きを始めている。

 小海線らしい窓外の風景は、ほとんどないに等しい。木立と地面を覆う笹のコントラストをずっと見続けている。

 それも小海線らしいと言えばそれまでだが、あいにくのどんよりとした空気の中、八ヶ岳どころか200メートル先の風景をも靄の中に隠している。

 四人がけの席を独占していると、予想したとおり清里から乗ってきた小グループのうちの夫婦連れが、前の席に腰を下ろした。

 …… よくある“ちょい乗り”だった。昔、自分もやろうとしたことがある。

 クルマだったので、清里で乗り、野辺山駅で降りて、また引き返してくるというパターンだ。実際にはやらなかったが、こうして今も観光体験乗車みたいなことが行われている。

 夫婦連れは他の人たちと一緒に野辺山駅で降りた。途中、国内では最も空に近いという鉄路を走る。そして、同じく最も空に近い駅・野辺山に静かに到着するのである。

 かつて、真夏の野辺山の駅前に立った印象は、レールからゆらゆらと立ち昇る陽炎に象徴されるような場所だった。

 真っ青な空に入道雲があった。太陽の眩しい光の中だったが、目の前の世界はなぜか暗く感じられた。逆光をまともに受けていたせいだったのかもしれない。

 Tシャツに短パン姿でずっと陽を受けていた。その感覚がとても好きだった。

 さすがに標高が高くなったと見えて、残雪が目に付く。

 その雪も凍り付いたままであることが分かる。もう午後なのに。

 無人駅が、今は殺伐とした山麓風景の中にあったりする。通り過ぎていきながらも、その風景全体がアタマのどこかに残っているのが分かる。

 自分が好きな風景だからだろう……

 今更だが、「小諸」行きである。小淵沢から2時間の、ゆったり旅だ。

 松原湖…、馬流(まながし)…、佐久穂…、八千穂…、かつてはクルマで巡った懐かしい名前が車内アナウンスで告げられる。

 町があり、村があり、古い家があり、堂々とした蔵のような建物があり、道があり、畑があり、川があり、木立がある………

 佐久平から広がり始める視界に、逆に寂しい思いを抱いたりするのはなぜか?

 この旅の終わりが近いことを知ったからか?

 地表の色、枯草の色、木々の色、屋根の色、クルマの色、靄の中ですべての色はかすんでいる。

 小淵沢からずっと眠り込んでいた、一人席の少女が目を覚ましている。酸っぱい香りがすると思っていたら、床に置いたカバンの中からグレープフルーツのような?果物を出し、静かに食べ始めていた。

 白いセーターに長いストレートの髪。髪で顔はよく見えない。

 佐久平駅が近づいている。そこから長野新幹線。そして、北陸新幹線に。だが、身延線の市川大門から甲府、小淵沢・佐久平・長野・金沢と今日はすべて各駅停車。

 そして、小海線の旅はあと10分ほどで終わる……… 


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