春のランナーたちがいた


春になるといつの間にかたくさんの人たちが外に出て、飛んだり跳ねたりするようになっている。そんな激しい人たちばかりでなく、適当に歩いたり、ベンチに腰を下ろしてボーっとする人たちも当然多い。

春休みのスポーツ公園は、高校生たちの凛々しい姿や表情に見惚れたりする格好の場所だ。アンツーカーのトラックを正統派のランニングフォームで走り抜けていく彼らの姿や表情からは、清々しさとメリハリの利いた元気が伝わってくる。富山の国道四十一号線、ます寿しミュージアムの奥にある、広々としたスポーツ公園・・・・・・

春だからいいのかも知れない。夏だと猛暑の中、バテ気味のランナーたちからは息苦しさと気の毒さと、それから、自分だけが楽しているみたいな罪悪感と、とにかくさまざまに複層した思いが重なって、ついつい見て見ないふりをしてしまうこともある。

 かつて、八ヶ岳山麓で合宿していた某実業団陸上部チームのランナーが、ランニング中にコースから外れ、隠れてパイプから流れていた湧き水を飲んでいるところを見たことがある。あとでコーチから激しく叱られていた時の様子は実に惨めなものだった。今だと練習中に水を補給するのは正しいことなのだが、それでも真夏の炎天下ではその過酷さの方が勝ってしまう。実を言うと、そのランナーは当時結構有名な選手だった。だからよく覚えている。

春先のランナーたちは生き生きとしていて、気持ちのよい存在だ。体のキレもシャープに見える。それほど汗をかいていないせいもあるだろう。

中距離か、長距離のランナーたちだろう、ボクの前をかなりのスピードで駆け抜けていった。勢いはコーナーから直線に入っても衰えない。速い選手がどんどん前へと出ていく。一周したところでスピードダウンし、ぐっとペースダウンする。ほとんど歩いているようなスピードになって、見ているこちらの方もホッとしたりしている。しかし、彼らはまた徐々にスピードを上げていき、そのうちまたトップスピードになった。

またボクの前を走り抜けていく。今度は息遣いも聞こえた気がした。瞬間、彼らが引っ張ってきた緊張感がボクにも伝わってくる。先頭のランナーは背の低い坊主頭の、いかにも頑張り屋という顔付きをしている。彼の気迫が後続のランナーたちを引っ張っているようにも見える。

実はボクも中学時代は中距離と長距離の選手だった。選手と言っても、本来は野球部員であり、たまたまその方面の足が速かったから大会があると駆り出されていたのだ。河北郡という単位の大会で、八百メートル一位、二千メートル二位という成績だった。駅伝大会ではアンカーを任されていた。

しかし、今の選手たちとはかなり力の差があるのは間違いない。ボクたちは、あんなに綺麗なフォームで走ってはいなかった。走るということ自体は完璧に自己流であって、小さい頃、柿を盗もうとして見つかり、力いっぱいひたすら走っていた時のフォームとほとんど変わりはなかったと思う。

ただ、戦略的(大袈裟だ)には後半まで抑えて行けとかいう指示はあった。八百メートルの時は、ラスト二百メートルまでスピードを抑え、ラストスパートで一気にトップに出て、そのままゴールのテープを切った。前半を抑えていた分、自分でも全く疲れを感じない完璧なレースであったと今でも思う。その前の大会では、それの逆をやって、その他大勢の一人になったこともある。優勝して以来、ボクはいつもラストでパワー全開するスタイルに徹した。高校の持久走でも学年でトップになったが、やはりラスト二百メートルがボクの花道だった。それ以来、誰言うとなく“ラストスパートのナカイ”と呼ばれるようになった……かと言うと、当然そんなわけはない。

今、目の前で見ているような、しっかりとした練習なんかもやったことはなかった。ただ、走っていた。今でも思い出すのは、トラックを蹴っていくときの足の裏の感触とか、特に直線コースに入った時に感じた焦りみたいなものだ。不思議だが、直線に入るとなかなか足が前に出ていかないような感覚があった。

 ところで、山に行くようになってから、とにかく黙って歩いていれば、そのうち目的地にたどり着くという感覚を知った。ただそういう心境は、山に入ってから十年ぐらいが過ぎてからで、それまではただひたすら早く目的地に着こうということばかり考えていた。それは大学時代のクラブの仲間で、長距離に強かったやつの考え方に影響を受けたからだ。

しんどいことは、早く終わらせよう。早く楽になろう。長距離のランニングとかは、早く走って早くゴールすれば早く休めるし、後続がゴールするまでゆっくり体を休めることができる。実際、二、三十キロのランニングとかになると、早くゴールしておけば三十分以上は楽していられた。軽く柔軟運動などをやりながら体を休める。この考え方で、ボクは山に入っていた。もちろん早くビールが飲めるということも重要だったが。

マラソン選手なんかは、一定のフォームで長時間効率よく走れるということが理想だろう。速く走ろうとすることばかりが、早く走れることにつながるわけでもないに違いない。

高校生たちの凛々しいランニングフォームを見ていると、いろいろなことが頭の中を過(よぎ)っていく。

 帰ろうと思い、両腕を延ばして目いっぱい背伸びをした。目の前が真っ暗になったのか、真っ白になったのかよく分からないまま、体全体が硬直したように震えた。運動不足…。こんな言葉は自分に似合わないと、ずっと思ってきたのに、最近は完璧に似合っている。

まだまだ色のついていない芝生の上を歩き出すと、すぐにちょっと速足になる。ふと、数メートル先の芝の間に小さな茶色の物体を見つける。

 どんぐりだった。ずっと深い雪の下で冬を過ごしてきたのだろう。まだ表面には艶がある。ちょっと拾い上げて指で感触を確かめ、またすぐに芝の上に戻した。

 駐車場の方に戻る途中には、緑地に青い小さな花が無数に広がっている。美しい光景だった。何だか至れり尽くせりだなあと思う。

もう一度背伸びをする。ついでに声も出て、富山の空の青さが目に染みた……


「春のランナーたちがいた」への1件のフィードバック

  1. 地震のことがなかなか頭から離れない日々。
    何かほっとできるようなお話でした。

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