夏のはじめの雑想


真夏日の夜、飲み会の帰りにYORKに寄ると、カウンターに懐かしいジャケットが置かれていた。スイングジャズの代表的なピアニストであるテディ・ウイルソンの、1955年のアルバム『for quiet lovers』だ。ジャケットを見ているだけで、涼しい気分になれる。

よく “ジャケ(ット)買い”の名盤とも言われるようだが、ボクは恥ずかしくてこんなレコードは買わなかった。もちろん演奏の好みも違っているので買わなかったのだが、今聴いてみると、それなりに良かったりする。静かな恋人たちのために…などというタイトルが付いているが、演奏はやはりスイングしているのである。

それにしてもジャケットの二人は、実に幸せそうだ。1955年というと、ボクが生まれた一年後、アメリカ以外にどこの場所なのかも想像つかないが、休日のデートなのだろうか。大人の恋といった雰囲気がプンプンと漂ってきて、じっと見てしまう自分が情けなくなる。二人の服装から、夏を感じた。

 夏は、ガンガン照ってくる日差しと、青い空と入道雲だと常日頃から言っているが、金沢のド真ん中・香林坊の交差点を歩いていたら、美しい夏の風景に出会った。文句のつけようのないバランスで、都会(一応)の中の夏空が描かれていた。

早速、久しぶりの気分転換として担いできたACEのカバンから、CONTAXを出して構える。一枚撮ってからしばらく様子を見ていると、また少し変わっていく。次から次へと少しずつだが、雲が変化していき、最後は写真のようなところで落ち着きシャッターを切った。

近くの中央公園では、大して夏は感じなかった。いや、夏は夏なのだが、この場所の夏は死んでいると思った。昔、芝生が豊かで、その上に寝っ転がって本を読んだりできた頃には、大きな木陰が存在感を示し、夏休みで帰省した学生たちが集まってきたりなどしていた。小さな子供を連れた若い母親なんかが、汗を拭きながらも、幸せいっぱいな顔で子供と遊んでいた。

しかし、今は禿げあがった芝がかすかに残るだけで、土埃が舞うような有様である。いい加減に何とかしないのかなあと思うが、今では芝の上に座るなどといった行為自体が下品なのだろうか。一画を占める四高記念館のレンガづくりの建物も美しく、芝生に寝っ転がって真横の視線から眺めるのも一興なのだが、ホームレスの皆さんへの配慮などもあって出来なくしているのだろう…と、勝手に好意的な解釈をしている。

 ところで、レンガの建物と夏空とは非常にいい関係にあると、ボクはずっと感じてきた。レンガには汗をかかないイメージがある。吸汗性 の高いアウトドア用のシャツのようなイメージがあり、それが爽やかな印象をもたらし、美しい青空とマッチしている。金沢にはここ以外にも玉川の近世史料館や歴史博物館、そして市民芸術村などがあって、そこら辺へ行くと爽やかな夏を感じて嬉しくなったりするのである。

柿木畠には、駐輪場の入口あたりの鞍月用水の脇に一枚の掲示板があり、いつもそこを通るのを楽しみにしてきた。そこへ来ると、季節感を詠ませる俳句が一句だけ掲示されていて、たまにはニタニタしながら、ちょっと小声で読んだりするのだ。

作者のたみ子さんというのは、名字はM野さんといって、何を隠そう喫茶ヒッコリーのマスター・M野K一さん(今さらイニシャルでもないが)のお母さんだ。ボクはいつも“お母さん”と呼ばせていただいているが、森光子を連想させる可愛らしさと、好奇心旺盛な素敵な人だ。フラダンスやらフォークダンスから俳句やその他、多くの趣味をお持ちで、当然、お元気で、爽やかで、若々しい。

「子守唄 団扇の風に 眠らせよ」 かつての日銀ウラ界隈での俳句からは想像もつかないやさしさに満ちている。たみ子さん流の夏なんだなあ…

 金沢の東の果て?、ボクの大好きな犀川上流の駒帰という町には、古びた小学校が残っていて、夏の風景としてはちょっとうら寂しい一面があるにしろ、ときどき足を向けている。

この奥にはかつて倉谷という村があって、友だちの先祖がそこの出だということでこの辺りへ連れて来てもらったのが最初だ。もう三十年も前のことになる。

初めて来てから、ボクは凄くその場所が気に入ってしまった。それ以後、何度も何度も出かけるようになった。開けてはいないが、その分の寂れた感じがよかったのかもしれない。深い谷を流れる水も濃い緑も気に入っている。

 ボクが生まれ、今も住んでいる内灘町宮坂では夏に祭が行われる。今年は久しぶりにその祭をどっぷりと楽しんだ。特に地元が誇る獅子舞の凄さには、あらためて納得し唸った。

金沢の百万石まつりに関する仕事をしていた時期、実は金沢市内の獅子舞の情けなさにボクは開いた口が塞がらなくなり、三日間ほど間抜けにも口を開けっ放しにしていたことがある(ウソだ…)。

あんな軽々しい獅子舞で、金沢の獅子舞の伝統がどうのこうのと言ってきたのかと、無性に腹立たしくもなった。

もちろん祭そのものや、参加者たちの価値観などいろいろな面があるのだが、少なくとも我が宮坂の、正式には黒船神社の獅子舞を見たら、金沢市内の軽薄獅子舞連中は三ヶ月半ほど開いた口が塞がらなくなるのは間違いない。

黒船神社の獅子舞は、白(木地)と黒のふたつの獅子がそれぞれ上(かみ)と下(しも)に分かれて登場する。これはかつて、宮坂が実際にふたつの地区に分かれていたからだ。

ボクたちが子供の頃から当たり前のように感じていたことで、今あらためて認識させられることがある。それはやはり、内灘という土地柄か神社が砂地でできており、砂の上で舞われることによる豪快さや凄みがあるということだ。

小刻みに動きながら、じっと一点を凝視し獲物を捕らえようとするかのような獅子の表情が小さい頃には恐ろしくもあった。口が砂を食み、そして砂の上を執拗に横に這っていく。方向を変える時に発する口を閉じる時の音は迫力満点だった。

こういう祭の中の芸や技というものは、地域の誇りでもあるし、何とかして正しく残し伝えていく必要がある。その担い手たちにもしっかりとした評価をしてあげなければならない。子供の時に見ていた、瞬間心臓が止まったかのように驚いた技は、今の子供たちにも伝わるはずだ。

 

 さて、夏はやはりビールなのだが、今年は何となく面白いビールとの出会いが多く、ベルギーのビールがなくなったなあと思っていたところに、また新たなビールがやって来た。やって来たと言っても、ビールが自分で歩いてきて、こんばんは、ビールです…と言ったわけではないのは言うまでもない。

 ひとつは鉄砲玉の長女が、突然ベトナム行ってくるわと行ってきて、帰りカバンの中に忍ばせてきた缶ビール二種。もうひとつは結婚の祝い返しにもらった三重県伊賀市の地ビール三種だ。これらにモルツ・プレミアムも加わって、今夏はとても濃厚なビールに囲まれているのである。ベトナムのビールは非常に日本的だった。黒ラベルやスーパードライやラガーなどと一緒に呑んでいても区別がつかない。

台風が水を差しているが、まだまだ夏は本気ではないような気がしている。なでしこの沢穂希キャプテンが、優勝の夜に送ったという地元ドイツのマスコミへのメッセージにも触れ、今日本のすべてが、直面している大きなものを軸にして動いているのだと思った。素晴らしいメッセージだった。

暑い夏だからこそ、日本はもう一度何かを思い出さなければならないのだ……


“夏のはじめの雑想” への5件の返信

  1. 夏、、、かぁ、、、
    ポレポレ通信の2号だったか3号だったかにN居が書いた夏をテーマにしたエッセーを、、、今でも思いだすよ。
    焼け付くような夏の日差し、、、アスファルトが溶けるような能登有料道路、、、そして、虫が一匹、、、
    ボクにはもう、夏休みなどというものはないんだ、、、

    あれには、まいったな、、、( ̄。 ̄ )遠い目

    祥稜拝

  2. ああ、あれね…
    夏を強く意識させられる瞬間を、
    いつも求めているような気がするね。
    夏には夏だけの特別な感性が生まれるんだな。
    汗かいた時に、辛いカレーを食べたくなったり、
    濃いホットコーヒーを飲みたくなったり、
    それは、冷えたビールとはちょっと違う。
    しかし、ちょっと暑さが物足りないよ・・・

  3. 素敵なレコードジャケット、
    香林坊からの夏雲、レンガの記念館・・・
    田舎の方の小学校の古い体育館?
    ハッとするような獅子の表情。
    そして、なあんだという夏ビールたち・・・
    今日は雨降りの夏の一日だけど、
    いろいろな夏が出てきて、よかったです。
    夏が好きなんですね・・・

  4. 沢穂希のメッセージ……

    「我々のしていることは、
    ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。
    我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、
    怪我をした人、傷ついた人、
    彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、
    私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。
    こんな辛い時期だからこそ、
    みんなに少しでも元気や喜びを与える事が出来たら、
    それこそが我々の成功となる。
    日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。
    我々は、それ自体を変えることは出来ないものの、
    日本は今復興を頑張っているのだから、
    そんな日本の代表として、
    復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。
    今日、我々にとってはまさに夢のようで有り、
    我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです」

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