富山の入道雲とチャンポンめん


 石川県で見る入道雲は、富山県などの北アルプス上空で生まれたものを見ているのだということを、滋賀県の長浜市大手門通りにある珈琲専門店で考えていた。

 7月某日の猛暑の日。富山県上市町を訪れ、見上げた入道雲のボリュームにあらためて納得したのだ。金沢から東の空を眺め、最近の入道雲の迫力のなさに憂いていたのだが、富山へ来て少しは気が晴れていた。

 上市といえば、ご存じあの剣岳の登山口、泣く子も黙る“馬場島(ばんばじま)”のあるところだ。「試練と憧れ」の碑が山の厳しさを伝えるかのように建つ。空気が澄んでいれば、あの逞(たくま)しく、雄々しい剣岳の姿を見ることができるのだが、今日は白い雲の中に隠れている。しかし、ボクには想像だけで剣岳の存在を感じとることができる。もう目に焼き付いていると言ってもいい。それに何と言っても、剣岳は、ボクの山の出発点だったのだ。美しさも恐ろしさも教えてくれたのだ。

 上市に入ったところで、入道雲に納得しつつも、昼飯を食べるところがなくウロウロしていた。すると小さな中華屋さんの看板が目に入ってきた。訪問先との約束時間を考えると、もうここで食べるしかない。狭い駐車場に無理やりクルマを突っ込み、店の中へ。カウンターの真ん中あたりに座った。メニューをしばらく見つめ、ひとつ隣の席でスポーツ新聞を見ながら、美味そうにラーメンをすすっているサラリーマン風の男性を見た。そのラーメンがそれなりに美味そうに見えた。

 あれは、チャンポンめん(だろう)! 勝手にそう思い込み、厨房の奥さん(だろう)に、“チャンポンめん!”と告げる。が、届けられたのは隣の男性が食べているものとは明らかに違っていた。

 しかしだ。ボクが自信を持って注文したチャンポンめんは、実に素朴でやさしい味がした。塩味のスープと野菜などの具と麺とが、ぎこちなくも親密に、そして互いを認め合うように身を寄せ合っている印象だった。当店の“チャンポンめん”です。そう言ってくれたわけではないが、やさしい表情の奥さん(だろう)が、最後になくなったコップの水を足してくれる… スープをいつもより多めにすすり、コップの冷たい水も一気に飲み干す。その日の昼食を終えたボクを、富山県上市町の猛暑がまた待ち受けていた。

 富山はやはり天気予報士さんの言うとおり暑いのだ。外に出ると、フーッと軽く息を吐き、もう一度空に目をやった。

 入道雲がますます増幅していくように見えていた。いい姿だなあ、と思った。美味いチャンポンめんだったなあ、とも思った。

 入道雲とチャンポンめん。なかなかやるなあ、とも思い、やっぱり富山は偉い… と、何気に嬉しくなった。

 北アルプスが育むのは豊かな水などばかりでなく、入道雲をつくり出すエネルギーでもあるのだ。そう思うと、なかなかいい気分がした……


「富山の入道雲とチャンポンめん」への2件のフィードバック

  1. ラーメンネタが続いてますね。(俺より)
    なかなかやるチャンポンめん食ってみたいな~。
    この場合、肉体的エネルギーがチャンポンめんで
    精神的エネルギーが入道雲だ。
    まさか…もしかして、その逆も?
    ある!あるな!
    ラーメンが精神安定剤になるときある!

  2. 町や村の中華屋さんには素朴な美味いラーメンがある。
    そのことを最初に知ったのは、ある山里の店で食べた、
    味噌汁に麺を入れただけのような「味噌ラーメン」だった。
    しかし、その味は少しずつ手の込んだものに変わっていき、
    最初の味はなくなってしまった。
    多分、街の味に近づけねばと考えたんだろうなあ…

    能登の旧富来町には、国道から少し入ったところに
    素朴な食堂があり、そこの塩ラーメンも絶品?とは言わないが、
    なかなかそれなりの味で嬉しくさせてくれる。
    なんと言っても、ウエイトレス?のおばあさんがいい。
    かなり高齢だと思うが、艶っぽさがある。
    そのおばあさんが、
    ときどき二回ほど注文を確認しに来るのもよかったりする。
    N居は、塩ラーメンを頼む時、必ずおにぎり二個もお願いする。
    十分覚えやすいだろうと、おばあさんに気をつかってもいるのだ。

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