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見本品をレジに持っていくとややこしくなるという話

 ドラッグストアのレジ。日曜の午前10時半。9時半開店?で、その日の第一次レジ組であろう人たちが押し寄せてきている。

 あの忌まわしいウィルスに翻弄されていながらの買いもの。トイレ用紙は落ち着いてきたが、マスクや消毒液は棚にない。玄関には、すでにそれらはないですよと念押しポップが貼られている。こちらもそんなことぐらい分かっているさ…という顔で見て見ぬふりをする。

 そして、いろいろと普通に買い込み、家人と二人でレジ前の通路に普通に並んでいる。いや、普通よりもちょっと間隔を空けてだ。そして、ついに、いよいよわれらの番になった。

 手際のよい店員さんのおかげで、レジ作業は順調に進み、最後にボクの顔用化粧品(もちろんオトコ用)がカゴに残っていた。

 が、そこまできて妙な空気が漂い始めた。というよりも、湧き上がったという方が的を射ている。ボーッと見ていたが、店員さんの戸惑いがすぐに感じ取れた。

 見本品ですね…と彼女が小さな声で呟く。小さな声だからこそ呟きなのだろうが、こちらにははっきりと聞き取れた。次の瞬間、店員さんは意を決したかのように走り出していた。こっちで換えてきますよ…というこちらの声は届かなかった。

 彼女(店員さん)がレジからいなくなると、当然ながら、周辺にさっきよりもはるかに奇妙な空気が流れる。奇妙というのはこちらの都合のいい表現で、実態としては〝ムッとした〟に近い空気とも言える。

 われわれの後ろには三組ほどの買い物客が並んでいた。どの客もたくさんの品物をカートの中のカゴに詰め込んでいた。そこを店員さんがとにかくまっしぐらに走っていったのである。まさかこのような展開になるとはと、しばし茫然とした。

 恥ずかしいわね…と家人。もういいですと言えばよかったと、こちらも激しく後悔する。

 店員さんはすぐに戻ってきたが、それでもこちらにとっては長い時間だった。もし自分で交換に行っていたら、まず売り場を探すところから始まり、店員さんの数倍の時間を要しただろう。

 こちらが悪いのだから仕方ない。レジが終わると、なんとなく二人ともうつむき加減でショッピングバッグに商品を詰め、さっさと帰路に就いた。

 家に帰って商品を見てみたが、見本品にはたぶん「見本」などと張り紙などがしてあったのだろう。それになぜ気が付かなかったのか?

 そんなことを考えていると、そもそもなぜ見本品を置くのだろうと余計なところまで思いが及ぶ。見本品とはお試し品のことかと思う。スーパーの試食なら分かるが、化粧品などをオトコがお試しするのが普通なのだろうかと、さらに深みにはまっていく。だいたい商品を手に取ったら、ちょっと裏側など見て、さっさとカゴに入れる。そして、そういう場所に長居しようという気もないのですぐに立ち去る。それが普通だろう…… と思う。

 見本品が置いてなければ、こちらも間違うことなく、あの健気でお客思いにちがいない店員さんに、いやな思いをさせることもなかった。後ろに並びながら、怪訝そうな視線を放射していた(であろう)他のお客の皆さんにも迷惑をかけずにすんだ。

 それにしても、あれだけ一目散に店員さんが売り場へと走っていったのには、それなりの理由があるのだろう。こちらは面倒だから、あの商品のひとつぐらい今度でもいいかなと思える。しかし、店員さんはそうは思わない。いや、思ってはいけない。お客様へのサービスと、もうひとつ深読みして、少しでも売上の向上に繋げるということが徹底されていたのだろう。

 だが、もうひとつ忘れてはならないことがあるような…… そんな気がしないでもない。というか、する。

 それは、やはり見本品はああいうところにおいてはダメだという意見が、店員さんたちの一部にあったのではないか…ということだ。あの店員さんはその賛同者、いや提唱者だったのかもしれない。そして、今回のことで心配していたことが現実となり、だから言わんこっちゃないのよと、いきなり走り出したのかもしれないのである。そう思って振り返ると、表情のどこかに厳しさがあったのも事実だった。

 そうなると、ボクは彼女にとってよいことをしたと言えるのかもしれない。ウィルス感染予防対策でやかましい中、あるお店のレジで起きた小さな出来事であった………