「ドラッグストア、レジ、見本品、レジの列、コロナウィルスを気にしながらの買い物」タグアーカイブ

見本品はレジを通れない

コロナ禍での買い物ハプニング

 ドラッグストアのレジ。日曜の午前10時半。9時半開店?で、その日の第一次レジ組であろう人たちが押し寄せてきている。

 あの忌まわしいウィルスに翻弄されていながらの買いもの。トイレ用紙は落ち着いてきたが、マスクや消毒液は棚にない。玄関には、すでにそれらはないですよと念押しポップが貼られている。こちらもそんなことぐらい分かっているさ…という顔で見て見ぬふりをする。

 そして、いろいろと普通に買い込み、家人と二人でレジ前の通路に普通に並んでいる。いや、普通よりもちょっと間隔を空けてだ。そして、ついに、いよいよわれらの番になった。

 手際のよい店員さんのおかげで、レジ作業は順調に進み、最後にボクの顔用化粧品(もちろんオトコ用)がカゴに残っていた。

 が、そこまできて妙な空気が漂い始める。店員さんが小さくため息をついたような気がした。何かおかしい。湧き上がってくる得体のしれない緊張感。次の瞬間……

 見本品ですね…と彼女が小さな声で呟く。小さな声だからこそ呟きなのだろうが、こちらにははっきりと聞き取れた。そして、また次の瞬間、店員さんは意を決したかのように走り出していた。換えてきますよ、というこちらの声は届かなかったのか……。

 彼女(店員さん)がレジからいなくなると、当然ながら、周辺にさっきよりもはるかに奇妙な空気が流れる。奇妙というのはこちらの都合のいい表現で、周辺からの〝ムッとした〟に近い空気圧が背中に重くのしかかってきた。

 われわれの後ろには三組ほどの買い物客が並んでいた。この時期である。どの客もたくさんの品物をカートに詰め込んでいた。そこを店員さんがとにかくまっしぐらに走っていったのである。まさかこのような展開になるとは……。

 恥ずかしいわね……と家人。もういいですと言えばよかったと、こちらも激しく後悔する。

 店員さんはすぐに戻ってきたが、それでもこちらにとっては長い時間だった。もし自分で交換に行っていたら、まず売り場を探すところから始まり、店員さんの数倍の時間を要しただろう。

 こちらが悪いのだから仕方ない。レジが終わると、なんとなく二人ともうつむき加減でショッピングバッグに商品を詰め、さっさと帰路に就いた。

 家に帰って商品を見てみたが、見本品にはたぶん「見本」や「サンプル」などと記した張り紙などがしてあったのだろう。それになぜ気が付かなかったのか?

 そんなことを考えていると、そもそもなぜ見本品を置くのだろうと余計なところまで思いが及ぶ。お試し品だったのか。スーパーの試食なら分かるが、オトコは化粧品なんか試さないだろうと、さらに思いは深みにはまっていく。

 だいたい化粧品には賞味期限もない。さっさとカゴに入れ、そういう場所に長居しようという気もないからすぐに立ち去る。それが普通であろう…… と思う。

 見本品が置いてなければ、こちらも間違うことなく、あの健気でお客思いにちがいない店員さんに、いやな思いをさせることもなかった。後ろに並びながら、怪訝そうな視線を放射していた(であろう)他のお客の皆さんにも迷惑をかけずにすんだ。

 それにしても、あれだけ一目散に店員さんが売り場へと走っていったのには、それなりの理由があったにちがいない。こちらは面倒だから、あの商品のひとつぐらい今度でもいいかなと思える。しかし、店員さんはそうは思わない。いや、思ってはいけない。お客様へのサービスと、もうひとつ深読みして、少しでも売上の向上に繋げるということが徹底されていたのだろう。

 だが、もうひとつ忘れてはならないことがあるような…… そんな気がしないでもない。というか…してきた。

 それは、やはり見本品はああいうところにおいてはダメだという意見が、店員さんたちの一部にあったのではないか…ということだ。

 あの店員さんはその賛同者、いや提唱者だったのかもしれない。そして、今回のことで心配していたことが現実となり、だから言わんこっちゃないのよと、いきなり走り出したのかもしれない。

 そう思って振り返ると、表情のどこかに提唱者らしい厳しさがあったように思えてきた。50メートルを6分代後半で走っていたであろう学生時代の走力も、彼女のあの咄嗟の行動を止められなかった要因だった…と想像もできる。

 どちらにせよ、ウィルス感染拡大対策でやかましい中、レジへ見本品を持って行ったりすると、とてもややこしいことになる…ということなのであった。気を付けよう。