カテゴリー: 季節の話
岳沢~晴れときどき曇らずの秋
上高地については、かなりうるさかった。 20代の中頃に行きはじめてから、多い時には一年に10回以上行っていたこともある。 それも最初の頃は登山のための通過点
先生がやって来て、ボクは空振りした。
小学校に行き始めた頃だろうか、いやもっと前かも知れない。 「ギョーセードーロ」という言葉を何気に覚えていた。 それは、今普通に県道と呼ばれている道路のこと
美ヶ原の夏歩き
深田久弥は、『日本百名山』の中で、山には登る山と遊ぶ山があると書いていた(と思う)。 そして、遊ぶ山の代表格として霧ヶ峰や、この美ヶ原のことを書いていた(と思う
🖋 無花果とミミズと少年の頃の夏
6月なのに、真夏のような熱気が支配する午後だった。 山里の田園風景をぼーっと眺めていると、急に無花果の匂いがしたような気がして周囲を見回した。 が、それらしきも
🖋 キゴ山で雪に遊ばれた日
二月最後の日は土曜日で、それまでの忙(せわ)しなさと、それからの間違いなく訪れる慌ただしさに挟まれた、完全休みの一日だった。 二月の終わりという響きも何となくい
晩秋京旅・圧倒編その2
京・高雄方面は実に深いのである。 市の中心部からすると、その奥まり方はかなりな印象がある。 さらに、クルマを下りてからの道も、さらにまだ奥があったのかと思わせる
晩秋京旅・圧倒編 その1
京都の歴史と季節感を、同時に楽しみに行くというのは壮大なプランである。 しかも圧倒的な紅葉の時季に訪ねるというのは、一種の冒険に近い。 京都はすでに人(観光客と
地下40mにあった夏の夢・JR筒石駅
上越の海岸線、国道八号線を時速五十キロほどで走っている。 砂浜にはところどころに海水浴場があり、駐車場へ誘導しようとするお兄さんたちと目を合わさないようにし
新緑がいい
この齢になって新緑の素晴らしさを語ったりしたら、加齢の仕業のように言われた…と同年代のある人が話していた。 その人は、齢を食うと季節に敏感になっていくからイ
卯辰山の竹藪のこと
枯れた竹が放置されたままの藪では、陽が差し込むと、突然その隙間に伸びていた新緑が輝き出す。 春の始めだったりすると、その勢いも激しく、目がくらむというと大袈
山里の陽だまりと、読本と、春眠と
福光からの帰り道、持って出ていた本を読もうとクルマを止める。 日差しも温もりも春の兆し。 運転しながら、瞬間的に目に飛び込んできた光景が、まさにその雰囲気
3月のありがとう
「3月のありがとう」はいつもより少し重い。 高校生の間、通勤がてら二人の娘をほぼ毎朝学校の近くまで乗せていった。 ほとんど会話らしきものはなかったが、当
風邪ひき午後の味噌煮込みうどん
年の始めからの過密?スケジュールが災いしたのか、一月の終わりになって風邪をひいてしまった。 今の風邪は、ちょっと治ったかなと思っても会社などからは来なくてい
ボクらの浜のゴミ拾い
6月最後の日曜日は、6月最後の日でもあった。 が、そんなこととは特に関係ないと思うが、わが内灘町では、町の代名詞とも言える海岸の一斉清掃に、朝から町民たちは汗を
雪国の車中で、星野道夫と植村直己を思う
2000年3月のはじめ、ボクは新潟の直江津から長野に向かう快速列車の中にいた。 前夜からの大雪のためダイヤは乱れていたが、ボクはそのことを幸運に思っていた。