カテゴリー: 何気に思い・考えたこと
B級風景と港の駅の油揚げ
志賀町の図書館で、いつものMさん・K井さんと打ち合わせ及び雑談を楽しく済ませた後、羽咋滝町の「港の駅」へと向かう途中で、懐かしい風景に出合った。 その話に入る前
香林坊に会社があった頃の話1
ボクが勤めている会社は、かつて金沢の繁華街・香林坊の日銀金沢支店の裏側にあり、ボクはその辺りのことを「香林坊日銀ウラ界隈」と呼んでいた。 今は東京・渋谷から
🖋 カーネーションと古い鍬と母のこと
赤いカーネーションが、窓辺に置かれている。ボクにはもう母親はいないが、子どもたちが自分たちの母親のために買ってきたものだ。 ふと、母が死んでから何年が過ぎた
港の駅ができた
かねてより意気盛んな動きを見せていた羽咋滝町の“郷士”たちが、ついにその意志を形にしてしまった。 五月五日、子供の日。羽咋滝港を目の前にした、と言うよりも、滝港
笹ヶ峰のスキートレッキング
一年ぶりの妙高・笹ヶ峰である。正確に言うと、一年と一日ぶりで笹ヶ峰に来ている。 朝は、それほどよい天気とは言えず、一時は雨が来るかも知れないと覚悟
むなしき誕生日の目論みであった
別に待っていたわけではないが、先日、五十七回目の誕生日が来た。 数日前から来ることは知っていて、その日は残雪深き立山の雪原にテレマークスキーを履いて立ち、そこで
桜の中から~上を向いて歩こう~が聞こえた
休日の朝、山梨にいる友人からメールが届いていた。前日の夜、こちらから送っておいた件の返事だった。そのさらに前の日だったか、茨城県ひたちなか市に住む後輩のT沼に
春の、ある金曜の夜
金曜の夜、主計町で篠笛と一人芝居を鑑賞した後、その場で軽くビールやワインなどをいただき、早々に香林坊まで歩こうと外に出た。 前日に見た検番前の桜の花は、かな
主計町の春
久しぶりに、主計町の「茶屋ラボ」に行ってきた。 あまり気持ちよいとは言えないくらいの生温い風が、やや強めに吹いていて、埃っぽく、上着をはおる気分に
春のランナーたちがいた
春になるといつの間にかたくさんの人たちが外に出て、飛んだり跳ねたりするようになっている。そんな激しい人たちばかりでなく、適当に歩いたり、ベンチに腰を下ろしてボー
ジャズはジャズ的に聴く
三月下旬のNHK-BSで、上原ひろみがピアノを弾きまくっていた。 七九年生まれだから、もう三十歳は過ぎたのに、相変わらず可愛い笑顔をトレードマークにして、本当に
たけし氏の“振り子理論”に励まされ
「yomyom」19号は、北野武氏の冒頭エッセイがスタートダッシュをつけてくれた。それ以降はいつものように毎夜数ページずつの“牛歩型”本読み状態になったが、出だ
言葉のチカラを知った
地震が来る前、「yom yom」の19号(隔月刊)を買い求め、恒例の就寝直前型読書を楽しもうと思っていた。 地震が来て、その楽しみは打ち消された。日常が戻らなく
いくら自然でも許せない
ずっと、テレビの地震情報に見入っている。 自然の脅威も、ここまでになってしまえば“怒り”になる。 やりすぎだよ・・・と、言いたくもなる。 子供たちの涙を見たかよ
薄雪・湯涌水汲みの朝
カーテンを開けると、前夜からの冷え込みで、家の周りの土の部分に薄っすらと雪が積もっている。ほとんどが土の部分だから、薄っすらとした雪の白さが柔らかそうで、しばら